かに座
私における振り幅
得夫と空介
今週のかに座は、はかなく消え去るアベルのごとし。あるいは、対極的な生き方へと心が振れていくような星回り。
旧約聖書に登場する人類最初の殺人の主人公であるカインとアベルの兄弟ですが、実際の『創世記』の記述はきわめて簡素であり、特に弟のアベルについては、「アベルは羊を飼う者となり…羊の群れの中から(神への捧げ物として)肥えた初子を持ってきた」「カインがアベルに言葉をかけ、二人が野原に着いたとき、カインは弟アベルを襲って殺した」と数行あるばかりです。
文明の基盤である農業にいそしんだ兄カインは、創意工夫にみち、また協力しあうことの大切さと、豊かさの価値を知る「大地を耕す者」でしたが、一方のアベルは大地に囚われることなく、気ままに移動していく自由で孤独な遊牧民であり、そうした生き様はかれらの名前にも象徴的に表わされていました。
ヘブライ語でカインの名は「得る」という意であり、アベルとは「口からもれるはかない息」、そして「空(くう)」をあらしたのです。日本の名前風にするなら、得夫と空介といったところでしょう。
神は弟アベルをひいきし、それが引き金となってアベルは殺人を犯したとされれますが、個人的に推測するなら、神はただ文字通り「真空」を象徴するアベルに引き寄せられ、力学的原理に基づく自然な結果をもたらしただけなのではないでしょうか。
13日にかに座から数えて「遠いものへの憧れ」を意味する9番目のうお座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、自分の人生のどこかにある“真空”へと少なからず引き寄せられていくはず。
鈴と小鳥とそれから私
ここで思い出されてくるのが、金子みすゞの『私と小鳥と鈴と』という詩です。
私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面を速く走れない。私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄は知らないよ。鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。
最後の一文はよく知られたフレーズですが、その一行前には「鈴と、小鳥と、それから私」と書かれています。留意しなければならないのは、詩のタイトルや、冒頭の書き出しでは一番最初に置かれていた「私」が、「鈴と、小鳥と、それから私」では最後に置かれているという点。
いうなれば、金子みすゞもまたこの詩を通して、「得る」私から「消え去る」私へと振れていったのではないでしょうか。今週のかに座もまた、他ならぬ私においてそれくらいの振り幅を持っていきたいところです。
今週のキーワード
ちがうみんなはすべてわたし