おひつじ座
味わいの追求
雲の料理
今週のおひつじ座は、ベンヤミンにとっての「ボルシチ」のごとし。あるいは、<もっと欲しい>と身体が欲するような生きがいを掘り起こしていこうとするような星回り。
ヴァルター・ベンヤミンは20世紀前半屈指のドイツの大批評家でしたが、ナチスから逃れる中で追い詰められ、山中で服毒自殺したという死にざまのため、どうしても悲劇的なイメージがつきまとう一方で、もともと多趣味で、食べ物にも目がない通人でした。
彼が自身の人生をいろどる数々の美しい思い出をつづったエッセーのなかに、モスクワに滞在した際に口にしたボルシチをめぐる散文詩のような一篇があります。
このスープにどろどろした光沢をあたえているのは乳脂だ、と君は考える。多分その通りだろう。だが私は冬のモスクワでボルシチを食べたのだ。それでひとつ知っていることがある。つまり、ボルシチの中には、雪が赤みがかった小片となって溶け込んでいるのだ。ボルシチは、同じくある日、高みより降ってきたマナと同じジャンルに属する雲の料理なのだ。(…)ほかの料理ならそっけない<もう沢山>という声が意地悪く君の全身をふるわせるところを、この料理だけはおだやかに満足させ、しだいしだいに君の身体のなかにしみ込んでゆくことができるのだから。(『モスクワの冬』)
マルクス主義者だったベンヤミンは、この文章を書いた4年前に自分の目でソヴィエト政権の実情を確かめようという熱い思いを持って旅におもむいたのですが、何よりもその土地でありついた暖かいスープにすっかり胃袋をつかまれてしまったという訳です。
このエッセーが収録された『モスクワの冬』が出版された年は、妻との離婚や母の死など、ベンヤミンにとってつらい出来事が立て続けに起きた時期でもありましたが、だからこそ、自身を身体から癒してくれるような「雲の料理」が必要だったのかも知れません。
5月8日におひつじ座から数えて「深い実感」を意味する2番目のおうし座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、自分の内臓をつかんで離さないものをこそ、改めて真摯に追求していくべし。
丁寧に仕込む
かつて鮓(すし)と言えば、もっぱら魚を米に重ねたものに重しをのせ、発酵させた「熟れ鮓」のことを指しましたが、この「熟れ鮓」の味わいにはどこかベンヤミンのボルシチ体験に通じるところがあるように思います。
というのも、鮓を押してから、最低2、3日は待つ訳です。そのあいだに、いろいろなことを考えたり、気持ちが変化したりということがあると、なんとなく鮓の味にそれが出ているような気がする。
そういうことが続いていくと、待ち方も変わってくる。できるだけ上機嫌でいようとか、あんまり負の感情に引っ張られそうなことには首をつっこまなくなってくなる。さて、ではそうなるとこれは何を仕込み、一体何を待っていることになるのか?
いずれにせよ、今すぐに役立つことやモノは、確かに便利ではあるけれども、すぐに自分や周囲に消費され消えてしまうものでもある訳で。
その意味で、今週のおひつじ座もまた、じっくりと時間をかけて作られ、丁寧に使われ繰り返し堪能されていくようなものを、真摯に求め、味わっていく時間を大切にしていくといいかも知れません。
おひつじ座の今週のキーワード
「この料理だけはおだやかに満足させ、しだいしだいに君の身体のなかにしみ込んでゆくことができるのだから」