みずがめ座
無理なくしずかに
詩人としての立脚点
今週のみずがめ座は、『心音を聴きゐる部屋の夏景色』(布川武男)という句のごとし。あるいは、動脈でははなく静脈をつたって密かに気力がめぐってくるような星回り。
あえて作者について言及せずとも、医者であることがわかる一句ですが、掲句にはどこか静謐(せいひつ)な時間の流れる午前の明るさが感じられます。
おそらく、夏仕様に模様替えした診察室の風景なのでしょう。窓のカーテンも、涼しげなブルーや白いレースにかえて、スリッパや絨毯、白衣もまた夏姿にかえた。そんな中で、胸に当てた聴診器からは、異常のない心音が規則正しく響いてくる。
作者の専門は小児科で、学校医だったそうですから、それはどこかさざ波のようなかわいらしい音だったのではないでしょうか。そして、それは作者の日常であると同時に、最も愛した光景だったのかも知れません。
おのずと、自身の内部深くへとしずまっていくような感覚がしてくる。得てして、気力の充実というものもそういう感覚とともに感じられるものですが、作者にとって掲句のようなシチュエーションこそが詩人としての立脚点であり、窓口でもあった可能性があります。
6月26日にみずがめ座から数えて「自己内対話」を意味する9番目のてんびん座で上弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、無理なく閑かさが深まっていくような状況に自身を置いてみるといいでしょう。
無心であること
例えば、鹿は鹿である自分のことを否定したくなったりするのでしょうか。おそらく、そんなことはないはずです。
森の鹿は、夏になると落ち葉を食べるようになり、秋の交尾期に備えていきます。逆に、それ以外の冬から春にかけては、本来であれば鹿が好まない常緑樹やそのへんの草を食べる割合を増やすことで、森林の植生が衰退していってしまうのをみずから防いでいるのだとか。そういう話を聴くと、夏に食べ過ぎなければ何もそこまでしなくてもいいのではなどとつい考えてしまいますが、鹿の方だって夏に無心で落ち葉を食べている最中に、「なんか馬鹿みたい」などと自分を否定したりすることはまずないでしょう。
今週のみずがめ座もまた、どこかでそんな鹿の姿と自然と重なっていくように思います。いや、鹿そのものになりきっていくうちに、自然と考えることのなくなっていく、といった方が正確でしょうか。
それはいわゆる思考停止とは違って、むしろ自分を思考から自由にしていくプロセスでもあります。もっともらしい理屈をこねたり、こずるい保険をかけたりせずに、ただ無心でいるうちに、人間以前の動物たちの美しい白痴を一時的に取り戻していくことができるでしょう。
みずがめ座の今週のキーワード
フロー体験