みずがめ座
生活に祈りを取り戻す
有機的な明かり
今週のみずがめ座は、「木守柿万古へ有機明かりなれ」(志賀康)という句のごとし。あるいは、拝む神とその儀式次第を再確認していくような星回り。
「木守柿」とは、柿の実をもぐとき、来年の柿の豊作を願って、あえてただ一つ木の上のほうの柿をもがずに残しておくもの。それを「有機的な明かり」に見立て、永久に変わらずに灯っていていてほしいと詠んでいる訳です。
ひとつだけ樹上に残され、夕日に輝く「木守柿」は、蛍光灯などの無機的な明かりとは異なる、「有機」的な、どこかぬくもりや自然な温度感のある明かりとして、まだ電気の通っていなかった時代から人々を励まし続けてきました。
そうして人々の幸せを「万古(ばんこ)」すなわち遠い昔から現在に至るまでの長いあいだ照らし続けてきた「木守柿の明かり」に託された願いとは、単に物質的な豊かさばかりに限ったものではなく、人間と自然との本質的な結びつきが失われつつある現代にあって、その回復を企図したものなのでしょう。
10月6日にみずがめ座から数えて「神殿」を意味する9番目のてんびん座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、自分なりに祈りを捧げていく対象やそのための設えを整えていくべし。
祈りと望みの違い
飽食の時代を生きる現代人にとって、飢餓の裏返しとしての豊作祈願はあまりリアリティを持たなくなってきてしまいましたが、ここに絡んでくる問題に祈りか望みかというものがあります。
祈りとは、望みとは決定的に異なっており、食料を得ることであれ、恋愛の成就であれ、日が昇ることであれ、そうした望ましい事態の実現に際して、その責任の一端を自ら引き受けたいという意志の現れなのです。
つまり、自分にとってそれほどまでに大切だと思えるものが明確でなければ、自然と祈りから人は遠ざかっていきますし、ましてやあれもこれもと手を伸ばし過ぎて、本当のところで何が大切なのか分からなくなってしまえば、跡形もなく祈りは生活から消え失せてしまうでしょう。
今週のみずがめ座は、不必要な欲望や、過剰な自己防衛を、丁寧にぬぐい落とし、本来の自分らしい「祈り」を少しでも取り戻していけるかどうかということもまた、大きなテーマとなっているのだとも言えます。
みずがめ座今週のキーワード
腹を決める