みずがめ座
わたしが見つめるべきものは何か
鷹
今週のみずがめ座は、「鷹の巣や太虚に澄める日一つ」(橋本鶏二)という句のごとし。あるいは、ひとつのあきらめを大事に胸にしまっていくような星回り。
「鷹の巣」は四月から六月にかけ、深山の断崖や樹上高くに大人が手を広げても届かないほど大きく立派な巣を作るため、見上げる者は思わずのけぞらざるを得ないはず。また、「太虚」は「虚空」と同じくおおぞらを意味する漢語ですが、この語を俳句に用いて微塵も不自然さを感じさせない人間は滅多にいるものではありません。
掲句の内容については、もはや余計な説明は不要でしょう。長年の「客観写生」の修練の末に打ち立てた堅固な基礎の上に、誠も、力も、深みも、高さをも表現する大楼閣を築き上げる俳人としてのその手腕は、手先の技やテクニックだけでは決してまねできないものがあります。
どれだけ技を磨くべく芸を攻め立て、そこに年齢とともに心境を深めていけたなら、これだけの珠玉のごとき作品を生み出せるような境地に達することができるのか。
5月4日に自分自身の星座であるみずがめ座で下弦の月(自己への気付き)を迎えていく今週のあなたもまた、自身が到達し得ない不可能性への認識を深めていくことがテーマとなっていくでしょう。
ゲーテ
後に『エッカーマンとの対話』として文学史上にその名を刻む不朽の人生指南書を書いたエッカーマンが、かねてより崇拝していた七十代の老ゲーテに会いに行った時、彼は29歳の凡庸な新進作家に過ぎませんでした。
彼は作家としての特別の才はなかったものの、ゲーテは自分の人生の記録係として彼以上の人物はいないと直感して近くに住まわせ、その後10年にわたる親密な交流を築きました。
その中でゲーテは彼にさまざまな教えを注ぎ続けましたが、一流の自然科学の研究者の立場から、自然との向き合い方について次のように語っていました。
自然は、つねに真実であり、つねにまじめであり、つねに厳しいものだ。自然はつねに正しく、もし過失や誤謬があるとすれば、犯人は人間だ
自然は、生半可な人間を軽蔑し、ただ、力の充実した者、真実で純粋な者だけに服従して、秘密を打ち明ける
ここには、現代人が失ってしまった畏敬の念というものがどんなものであるか、また何をもたらしてくれるのかが的確に述べられているように思います。そして、エッカーマンにとっては、ゲーテこそが何よりの‟自然”そのものだったはず。
今週のみずがめ座もまた、鶏二やエッカーマンのごとく、自分が追求していくべき“自然”とは何か、誰かいうことを改めて意識してみるべし。
今週のキーワード
畏敬の念