おうし座
祈りと儀式
依代を立てる
今週のおうし座は、祭りのときに立てられた「依代」のよう。すなわち、儀式を通して、自身に具体的なアクションを伴なう決断を促していくような星回り。
祭りの際に神が降臨するための柱を立て、その先端に祭りに縁のあるものを取り付け、神への目印としたものを、民俗学の言葉で「依代(よりしろ)」ないし「標山(しめやま)」と言います。
依代として使われるものには岩石や宝石、貝、野獣の牙、人形などさまざまなものがありますが、やはり樹木が圧倒的に多く、海辺ではタブの木、山地では榊(サカキ)、椿(ツバキ)の木など、いずれも東アジア大陸につながる照葉樹が使われてきました。
つまり、こうした風習は農耕文化圏に特有の、稔りや豊かさを呼び込むための祭礼だった訳です。
これは「この地で自分たちは豊かさを得るのだ」という決意を固めていくための儀式でもあり、そうすることで言葉だけでなく実際的な行動レベルでそれを実行していくことを自分たち自身に促していったのでしょう。
11月4日(月)におうし座から数えて「使命」や「到達点」を意味する10番目のみずがめ座で上弦の月を迎えていく今週は、そうした決意のしるしとしての依代を自分の生きる世界に立てていくことになっていきそうです。
祈りと望みを峻別せよ
祈りとは、望みとは決定的に異なっており、そうした事態に自分も加わり、責任の一端を引き受けたいという意志の現れ。今週は、そのことをどこまで理解できているかということが問われていくタイミングなのだとも言えるかも知れません。
責任の一端を引き受けるということは、当然ながらその当の対象が失われたり、破滅した際には、自身もまた命運を共にするということです。
したがって、後から「そんなつもりじゃなかった」という思いが出てくるような対象ならば、初めから決して祈ってはいけないのです。
逆に、自分にとってそれほど大切なものが明確でなければ、自然と祈りから人は遠ざかっていき、実際何が大切なのかまったく分からなくなってしまえば、跡形もなく祈りは生活から消え失せてしまいます。
その意味で、自分の中に紛れ込んでいる過剰な自己防衛や、不必要な欲望を丁寧にぬぐい落としていくこともまた、「しるしとしての依代を立てる」上で大切なプロセスとなってくるはず。それもまた儀式の本質なのです。
今週のキーワード
自然と何かに手を合わせ、頭を垂れた時から、祈りは始まる。