さそり座
春の夕闇にわれ何を思う?
ものおもふかたまり
今週のさそり座は、『おぼろ夜のかたまりとしてものおもふ』(加藤楸邨)という句のごとし。あるいは、未来の自分から現在の自分へ見つめ返していこうとするような星回り。
夜風の生あたたかさが不気味に感じられる帰り道、ふと道脇の何もない暗闇が気になって、足を止める。眼前にある「おぼろ夜のかたまり」とは、おそらく自身の将来に混沌としたものを抱えていた作者の自画像(セルフイメージ)だろう。
そうして、自身がいま向き合っているどこかほろりとこちらのすべてを受け容れてくれるような暗闇になり代わって「ものおも」っている訳だ。すなわち、さながら悩み苦しむ現在の自分を、未来の立場から肯定していこうと試みているのかも知れない。だからこそ、ここでの「ものおもふ」には、そのさらりとした筆致に反して、思いのほか重みがある。
未知の世界を拓こうにも、どうしたってうまくいかず、何かについて考え込んだまま立ち尽くしているようでもあり、さっさと気分転換をして目先の刺激を追いかける代わりにじっとしつこく同じトーンに留まり続けようとしているようでもあり。きっとそのいずれの経験も、「ものおもふ」ことの要件に含まれてくるのだろう。
4月24日に自分自身の星座であるさそり座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、それくらいの重みをみずからの思念に宿していくべし。
紙芝居を後ろからめくっていくように
精神分析家の岸田秀は、自身が少年期に苦しんだ「実際には借りてない借金を友人から借りてしまっている」という強迫観念の原因が自分と母親との関係にあるということに、たまたま読んだフロイトの著作を通じて気が付いたのだと言います(『フロイドを読む』)。
それでも岸田少年ははじめこそ「悪いのは母ではなく、家業を継ぎたくないと思ってしまっている自分のほうだ」と思い込んでいて、さらには当時の女性が置かれていた社会的立場なども勘案して、母は「かわいそうな人なのだ」という仮説も付け加えることで、「だから母は無理解なだけで、自分を愛していない訳ではない」という結論へと合理化しようとしていた。
けれど、やがて母親の無理解が選択的なもので、自分にとって不都合な事実だけに無理解であることに気付くと、自分の仮説が成立してないことを受け容れ、フロイトに基づいて「強迫観念は正しい」と考えてみました。
つまり、「返さなければならない母への恩」が「返さなければならない友人への借金」へとスライドしていただけで、「場面を間違えていただけの『正常な』反応」だったのだという結論にいたったことで、不合理に思われた「架空の借金」がついに合理化され、ずっとくすぶっていた罪悪感と抑うつ感情も解消されたのだそうです。
今週のさそり座もまた、たとえ不可解な症状や状況に陥ってしまっていたとしても、自分のことを信じて考え、行動していきたいところです。
さそり座の今週のキーワード
自分で自分を肯定できるようになっていくこと