さそり座
思い出と井戸
都市と一体化していくということ
今週のさそり座は、思い出の陰にじっと佇むマルテのごとし。あるいは、自分ひとりの力では決して書きえない詩を書いていこうとするような星回り。
天涯孤独の身となった主人公マルテが、パリで淋しい生活を送りながら詩人になろうとするさまを手記の形式で描いたリルケの小説作品『マルテの手記』には、一貫した筋というものは特になく、パリの街を日々ほっつき歩いてはそこで見たものがしるされ、合間に生と死や愛などへの考察や、読書体験や過去の思い出がつらつらと綴られていきます。
当時のパリは産業革命を経て、より豊かで便利な社会になるべく急速に大都市化していった時代でしたが、その一方で格差の拡大による一般庶民の悲惨な生活があって、主人公はそういうところをこれでもかと観察しては文章化していく。もし現代に生きていたら、実況系Youtuberのような配信者にでもなっていたのではと思わずにはいられません。ただ、彼がなろうとしているのはあくまで詩人です。
追憶が僕らの血となり、目となり、表情となり、名まえのわからぬものとなり、もはや僕ら自身と区別することができなくなって、初めてふとした偶然に、一編の詩の最初の言葉は、それら思い出の真ん中に思い出の陰からぽっかり生まれて来るのだ。
つまり、彼が書こうとしている詩とは、自分ひとりの力では決して書きえない詩であり、見聞きした都市と一体化していく中で、「思い出の陰からぽっかり生まれて来る」ものであって、彼はそのために日々せっせと仕込みをしている訳です。
2月10日にさそり座から数えて「記憶の奥底」を意味する4番目のみずがめ座で新月を迎えていく今週のあなたの心の中には、どんな思い出たちがひしめき合っているでしょうか。あるいは、ここしばらくのあいだ、あなたは何を見聞きし、それをどんな風に心に刻んできたのでしょうか。それがやがて一行の詩となり、あなたそのものを表していくはず。
井戸から水をくみ上げる
人の潜在意識というものは、必要となればいつでもそこからモチベーションや欲求や必要なメッセージを汲み上げていくことのできる井戸のようなものだと言えます。ただ、私たちは大抵いつもひどく限定された意識や、不自由な身に縛られていますから、井戸の深みにあるものをほとんど自覚していませんし、必ずしもその必要もありません。
しかし、どんな状況にあっても自分は井戸からつめたい水を汲み上げ、のどの渇きを癒し、あるいは潤いのある質感を伝えていくことができるのだという実感は、あなたに生きる気力と大いなる喜びを与えてくれるでしょう。
例えば、アイルランド詩人のフレデリック・ラングブリッジは、「二人の囚人が鉄格子から外を眺めた。 一人は泥を見た。一人は星を見た」(不滅の詩)という一片の詩を遺しましたが、あなたもまた、もしも井戸を見下ろしてくみ上げるほどの水がないのなら、自分の手で井戸を掘り下げて、水をすくいあげていけばいい。それくらいの気概を、今週のさそり座は持っていきたいところです。
さそり座の今週のキーワード
視線の先にあるのは泥か星か