うお座
壁を抜けるために
身体観の推移
今週のうお座は、語る言葉の中に体を織り込んでいくがごとし。あるいは、身体性の復活を通して人生という物語を復活させていくような星回り。
今から20年以上前、村上春樹は自身の唯一のメンターでもあった河合隼雄との対談(『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』)の中で、「昔の文士たちというのは、自分たちは精神の仕事をしているのだから、体なんか関係ないと無視したり雑に扱ったりする傾向があったけれど、今は時代が変わってきて、体をきちんと丁寧に扱って鍛えていくことで文体を練り上げ、物語を引き出していくという風に変わってきている」と述べています。
例えば、「気持ちよくあり続ける」ということは案外むずかしくて、それなりの努力を払い、コツを見つけなければならない一方で、そこをドラッグとかさっさと恋人をつくるとか、手軽な方法で済ませてしまおうとすると、どうしても妄想や暴力性を孕まざるを得なくなってしまう。そこをどうするかという、柔らかい倫理のようなものが必要なのだと。
こうした指摘は2020年の今ますます切実さを伴って感じられるようになってきていますが、いわゆる既存の成功方程式だとか、つい最近まで通用していた「これが正解」みたいなものがまたたく間に通用しなくなってしまう現代社会において、「身体性の復活」とは即ち、そうした人としての「柔軟性」であったり、多様なエネルギーの生み出し方の引き出しだったりということと深く関係しているように思います。
10日にうお座から数えて「蓄積された資産」を意味する2番目のおひつじ座で火星が逆行に転じていく今のあなたもまた、身体性を無視してただ精神だけで壁を乗り越えようとするのではなく、改めてどうしたら自分の生きている物語に「体を入れていけるか」ということに取り組んでいくことが、逆行が明ける11月中旬までの課題となっていきそうです。
北方謙三の水滸伝
累計一千万部を超える大人気シリーズとなった北方謙三の『大水滸伝』は、近年に書かれた長編小説のうちでも歴史に残る傑作と呼べるものの一つですが、これもひとえに北方の「体が入った」からこそ壁を抜けることができたのではないでしょうか。
もともとは明代の中国で書かれた伝奇歴史小説を蘇らせたものですが、そのままではあちこちに矛盾や不自然さが目立つ「ヘンな物語」であるオリジナル版を大胆にも解体し、経済や政治要素を独自に設定しつつ再構成していくことでこの大仕事は成し遂げられました。
ただ、北方版の最大の魅力は何と言ってもキャラクター造形の妙にあります。例えば、オリジナル版では腐敗した政府に抗する反乱軍のリーダー・宋江(そうこう)がなぜ豪傑たちのリーダーなのかさっぱり分かりませんでした。
地方都市の小役人上がりで、武に秀でる訳でもなく、見栄えもしない。完全に神輿の上にいるだけの聖人君子キャラなのですが、北方版では「人の痛みや悲しみに寄り添わんとする深い決意」を持ち、同時にどこか「鈍感」で「女好き」な人間臭い人物として描きなおし、それが物語に命を吹き込んだ訳です。
そしてこれはやはり北方本人の「体質」や「身体性」が見事に物語へ入り込んでいった好例でしょう。はたして「体を入れる」ということは、思惑や技巧をこえたところで、まるで自分がこれまで積み重ねてきた習慣や癖のようなものが次々と現れてきてしまうということであり、今のあなたが目指すべきも、そんなところにあるように思います。
今週のキーワード
身体ができてくるにつれ物語は深くなる