てんびん座
夕闇の中の自画像
亀の声を聞け
今週のてんびん座は、『裏がへる亀思ふべし鳴けるなり』(石川桂郎)という句のごとし。あるいは、見習うべき自画像のありようを探っていくような星回り。
亀は発声器官がないので、実際に声を出して鳴くことはない。ところが、歳時記をめくると春の季語には「亀鳴く」とあり、昔から春になると田んぼの夕闇で亀が鳴いている空想が楽しまれ、多くの俳人に愛されてきた。
そして、そうした伝統をよく知った上で、作者はここであえて読者に裏返った亀を想像してみよと命じている。亀は裏返ると容易には元に戻れず、短い手足をばたばたさせているのが関の山だ。そんな光景を思ってみよ。ほら、亀は鳴いているぞ、それが聞こえないのか、と。
このとき、作者は病気の身でほとんど死にかけだったのだという。つまり、この亀に自身の姿を重ねているのであって、端的に言えばこの句は作者がこの世で最後に残そうとした自画像なのだ。
裏返って鳴いている亀の姿は、あわれではあるが、おかしみがある。それは俳諧という文芸の根っこにある、飾り立てた上品さを笑う風狂の精神だったのかも知れない。
4月2日にてんびん座から数えて「境地の深まり」を意味する4番目のやぎ座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、ひっくり返って鳴いている自分自身の姿を誰かと分かちあっていくべし。
暗闇に星座を結ぶように我を知る
ルネサンス期イタリアの偉大なる人文学者であり占星術家でもあったマルシリオ・フィチーノは、幼少期より虚弱体質だったことでも知られていますが、彼は自身の運命論についてパトロンであるロレンツォ・デ・メディチへ宛てた手紙に次のように書いていました。
私たちは内面に全天空を持っています。それは私たちの火のような強さであり、神々しい起源です。月は魂と身体のたえまない動きを象徴しています。火星は勢いを、土星は鈍さを、太陽は神を、木星は法を、水星は理性を、金星は愛を象徴しているのです。(トマス・ムーア、『内なる惑星―ルネサンスの心理占星学―』より)
こうした天との一致した生を生きんとすることを方法とした占星術においては、「汝自身を知れ」は「内なる星を知れ」と同じ意味とされていました。
そこでは暗闇のなかで光る点と点を結んだ星座は、決して気まぐれや偶然によって結ばれた訳ではなく、その一つひとつがおそらく何度も何度も人々の想像力が上書きされていく中でやっと繋がれていった希望であり、生きる原動力そのものであったはずです。
今週のてんびん座もまた、そうして想像力の痕跡を自分なりになぞっていくことで、他ならぬ自分自身の原動力をすこしでも象り、明確にしていきたいところです。
てんびん座の今週のキーワード
小宇宙の調律