てんびん座
鑿を打ち込む
現実の亀裂をめぐって
今週のてんびん座は、村上春樹の『約束された場所で』というインタビュー集のごとし。即ち、ツッコミを必要としていない人たちにそっとツッコミを入れていくような星回り。
この本は、1998年に出版された元あるいは現役のオウム真理教信者へのインタビュー集であり、1995年に起きた地下鉄サリン事件を経て、どうしてその団体に入ったのか、どのような生い立ちで育ち、どうして出家しようと思ったのかなどを、村上春樹が問いかけていくことで、彼らの肉声が聞こえてくるかのような不思議で奇妙な読後感を与えてくれる。
一体どのあたりが不思議で奇妙に感じられるのか。それは著者の次の言葉に集約されているかも知れない。
「彼らは、大資本や社会システムという非人間的で功利的なミルの中で、そのような自分たちの資質や努力が―そして彼ら自身の存在の意味までもが―無為に削りおろされていくことに対して、深い疑問を抱かないわけにはいかなかったのだ。」
彼らは「救われたい人」としてそこに映り、その点でほとんど現代の私たちとの違いはないんです。ただし、彼らはどこかでツッコミを拒絶している。自分の論理の担保のために頷いてもらうことは必要としているけれど、それおかしいんじゃない?と言われることは必要としていないし、自分がおかしくないことを証明しようとする。でも、そういう人は現代でも、というか、最近ますます珍しくなくなっているようにも思える。
4月1日にてんびん座から数えて「公的態度」を意味する10番目のかに座で、上弦の月(行動の危機)を迎えていく今週のあなたもまた、現実性を欠いた言葉や論理(それは得てして強力である)にいかに対抗していけるか、村上のようにしなやかにツッコミを入れていけるかが問われていくことになりそうだ。
宋江の場合
中国の伝奇小説『水滸伝』には、一癖も二癖もある荒くれ者たち(彼らも"救われたい人”だった)を反乱軍にまとめ上げていく上で欠かせない大将格として、宋江(そうこう)という人物が出てくる。
元は地方都市の下級役人で、政治や中央政府の腐敗を憂いて世直しの檄文を記したものが、後に冊子として出版され、現状を変えようとする多くの人々にとっての心の支えとなっていく。北方謙三版の『水滸伝』には、彼が次のように話す場面が描かれている。
「ひとりでなにができる、と嗤うだろう。しかし、なんであろうと最初はひとりなのだ。俺は、そう思う。愚直と言われれば、そうだろう。しかし俺は、これと思った人間には必ず自分の言葉で語るようにしている。」
宋江にとっては、そうして語りかけるように紡いだ檄文や、「替天行道(天に替わって道を行う)」の旗こそが、聞く耳を持たない人たちへの"ツッコミ”であったのかも知れない。そうした彼の姿勢は、今週のてんびん座にとって、少なからず参考になるだろう。
今週のキーワード
深い疑問と異議申し立て