てんびん座
共同存在論
隣人存在の前景化
今週のてんびん座は、道端に咲くスミレの花に話しかける少女のごとし。あるいは、誰か何かと「共に在ること」を通じて、「地に足をつける」感覚を養っていくような星回り。
花の名前をあまり知らない人でも、街や野原のあちこちで咲く青紫色のスミレくらいは判別がつくという人も多いのではないでしょうか。
とはいえ、足元でひっそりと咲くスミレの存在が人々の意識のなかに主役として登場することはほとんどないでしょう。
大抵は脇役としてさえ認識されず、慌ただしい日常を流れ去る背景の一部として意識の底に沈められていく。
ですが、そうしてすぐ側に生きる自然や存在をどんどん意識の外へと捨象していくことこそが、日常が色褪せたものになっていく主な原因なのだということにも、ほとんどの人は気付いていません。
その意味で今週のてんびん座にとって、彼らかそけき存在とこの世界を共有しているという実感こそが自分が生きて在るという現実を支えてくれているのだと再認識していくことが、日常に鮮やかな彩りを取り戻していく上で大切なテーマとなっていくでしょう。
再統一をめざして
2世紀ローマの哲人皇帝マルクス・アウレリウスは、自ら書き残した『自省録』において、まずこの宇宙について、一なる魂を持つ、1つの生き物として考えよと述べます。
さらに、万物がどのようにして一なる感性に帰っていき、またどのようにして一なる欲求からあらゆることをなすに至ったのかを考えよ、と。
つまり、彼にとって「宇宙」とは赤ちゃんにとってのお母さんの胸のように、自己をそこから切り離してはならない、すべての根源でありました。そして、そうした宇宙観に立った上で、次のように言うのです。
「おまえは、あの宇宙の本質的な統一から、どこかに自分を投げ出してしまったのだ」
いつだって私たちは、何かを失ってからしかその大切さに気付くことができない。ただし、人間には再び自らの統一を取り戻していく可能性も与えられている。
二度と失いたくないと心から思えるものは何か、今週はきちんと心に問いかけさせすれば、それがはっきりと浮かび上がってくるでしょう。
今週のキーワード
お母さんの胸的存在