かに座
静かな情熱
矜持をあずける
今週のかに座は、『冬薔薇や賞与劣りし一詩人』(草間時彦)という句のごとし。あるいは、自分の指針となるようなロールモデルを改めて掲げていくような星回り。
作者はこの句を詠んだとき34歳。10代で病気になって高校を中退後、終戦のごたごたをはさんで、やっと製薬会社に就職の口が見つかっていっぱしのサラリーマンとなったのが31歳の時でした。
「賞与劣りし」とあるように、これまでろくな職歴や実績もない自分は同僚たちと比べて評価が低く、それが給与の額面という動かしがたい事実として突きつけられたことで、さすがに胸にくるものがあったのでしょう。
しかし、そこで胸の底から湧き上がってきたのが、サラリーマンであることが自分のすべてじゃないんだ、という痛烈な思いだったわけです。
ここでは、数多いるうちの「一詩人」に過ぎない、といった謙遜するような言い回しをしていますが、冬の厳しい寒さの中つつましくも気高い姿で咲く「冬薔薇」と取り合わせていることからも、詩人であるということが作者にとってどれだけ誇りであり、心の支えになっていたかが伝わってくるはず。
12月1日にかに座から数えて「美学」を意味する6番目のいて座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、自分の心からの矜持をあずけられるような存在を見出していくことがテーマとなっていきそうです。
ライオンの不穏
『眠るジプシー女』などで知られるアンリ・ルソーという特異な日曜画家がピカソによって奇跡的に見出され、発掘されたというのはよく知られた話です。
ある日、古道具屋の店内で立てかけてあるたくさんの絵の中から一部はみ出している絵に視線を落とし、引き出して、全体を見るなりピカソはその絵を買ってしまったのだそう。
ルソーといえば夢と幻想を描く素朴絵画の代表画家のようなイメージがありますが、例えば横尾忠則などは、ルソーはむしろ19世紀末から20世紀にかけて目まぐるしく変貌していった近代絵画の潮流のなかで、他のどの傾向にも似ていなかったために王道から除外され、素朴派の一員に組み込まれていたのだと述べています。
芸術というのは大なり小なりなんらかの形でその時代の様式を受け入れているものが認められ、影響の外にあるものはいつの間にか闇のなかに葬られてしまう運命にあるといってもいいだろう。だからアンリ・ルソーは本当に稀有な存在であるといえる。もし、あの時ピカソが古道具屋でルソーを発見していなかったら、ルソーの評価はどう変わったことだろうか。(中略)今の現代美術に最も欠けている要素というか、現代美術が捨ててきた要素のすべてがアンリ・ルソーの中にあるようにぼくは思えてならないのである。(『名画感応術: 神の贈り物を歓ぶ』)
先の『眠るジプシー女』という作品にしても、砂漠の月光を浴びて眠っているジプシー女と、女の首のあたりにライオンが頭を下げて鼻を近づけているという、状況としては緊迫しているはずなのに、どこまでも静寂な絵なのですが、横尾は「ライオンの尾の先がピンと上を向いて立っている」ことで、どこか不穏な絵にもなっているのだと書いています。
今週のかに座もまた、生活や労働にあなたなりの不穏さをまぎれこませていきたいところです。
かに座の今週のキーワード
みずからをあえて時代の影響の外に置いていくこと