おひつじ座
一つ屋根の下で
一即多の入れ子構造
今週のおひつじ座は、「一つ家に遊女も寝たり萩と月」(松尾芭蕉)という句のごとし。あるいは、どこか遠くの方から自らの小さな日常を捉えていくような星回り。
『おくのほそ道』の旅の途上で詠まれた一句。泊まった宿で一緒だった哀れな遊女の同道を許してほしいという頼みを芭蕉は断ってしまいますが、芭蕉の供をした『曾良随行日記』には記述がないことから、この句に詠まれた光景は実景ではない、つまり虚構であったとされています。
おそらくは、旅のどこかでその姿を見かけた遊女の姿が思い出されたのだとは思いますが、しかし、なぜ遊女だったのか。
一つ確かなことは、遊女は華やかである一方で、人々に無視され、虐げられている存在であり、既に宗匠としての名声と地位を確立し一門を率いる存在であった芭蕉とは対極の存在であったということ。
つまり、「一つ家」すなわちこの世界を覆う屋根の下では遊女も自分も同じ人間であり、それを無数に咲き乱れている萩の花が一なる「月」に照らされて美しく映え輝いている光景に重ねていったのではないでしょうか。
9月22日のおひつじ座から「客観視」を意味する7番目のてんびん座へと太陽が移っていく今週のあなたもまた、一見すると自分とは異なる立場にあるような他者との共通点を広い視点から見つけ出していくことがテーマとなっていくでしょう。
再統一をめざして
2世紀ローマの哲人皇帝マルクス・アウレリウスは、自ら書き残した『自省録』において、まずこの宇宙について、一なる魂をもつ一つの生き物として考えよと述べます。
さらに、万物がどのようにして一なる感性に帰っていき、またどのようにして一なる欲求からあらゆることをなすに至ったのかを考えよ、と。
つまり、彼にとって「宇宙」とは赤ちゃんにとってのお母さんのおっぱいのように、自己をそこから切り離してはならない、すべての根源でありました。そして、そうした宇宙観に立った上で、次のように言うのです。
おまえは、あの宇宙の本質的な統一から、どこかに自分を投げ出してしまったのだ
いつだって私たちは、何かを失ってからしかその大切さに気付くことができない。ただし、人間には再び自らの統一を取り戻していく可能性も与えられている。
二度と失いたくないと心から思えるものは何か、今週はきちんと心に問いかけさせすれば、それがはっきりと浮かび上がってくるでしょう。
今週のキーワード
すべての根源としての月