
しし座
語るべき言葉の深まり

とりとめのない雑談ではなく
今週のしし座は、さながら盲目の語り部のごとし。あるいは、誰かと競い合ってでも自分がもの語りたくなるような話を求めていこうとするような星回り。
古代ギリシャの二大英雄叙事詩『オデュッセイア』と『イーリアス』の作者と伝えられるホメーロスは、残された史料の伝えるところによれば、遍歴の吟遊詩人であると同時に、盲目の人であったと言います(高津春繁『ホメーロスの英雄叙事詩』)。
日本でも中世の頃に琵琶法師という芸能僧がいましたが、なぜこうした職業的な語り部には盲人が選ばれたのでしょうか。
おそらく半分は、今よりずっと治療が行き届かず生まれやすかった視覚障害者が他の仕事を得にくかったことと、彼らが耳と覚えることの記憶に優れていたためというごく自然な理由から。そしてあとの半分は、盲目という不具性を神と人との仲介者の資格と見なす信仰が人びとのあいだで根強かったためでしょう。
言ってみれば盲人は、共同体のなかで権威ある立場と権利を持てず、もっとも残酷に拒まれた存在であるがゆえに、その興隆と滅亡というひとつの円環的時間をなす「歴史」の完結に立ち会い、それを伝承する語り部として特異な、ある意味ではもっとも正統な存在と見なされたのです。
そして、ギリシャ神話が世界の神話のなかでも飛びぬけてまとまりがあり、平家物語が並みいる軍記物語の中でも抜群におもしろいのは、多くの盲目の語り部たちが長年にわたり競い合い、その「語り」が研ぎ澄まされてきたからではないでしょうか。
4月13日にしし座から数えて「語り」を意味する3番目の星座であるてんびん座で満月(トリップ)を迎えていく今週のあなたもまた、世代を超えて語り聞かせていくべきものは何かということを、おのずと意識していくことになるでしょう。
沈黙の語り部としてのスナフキン
アニメ化もされたトーベ・ヤンソンのムーミン・シリーズに登場するスナフキンは、いまだに多くの人を魅了している人気キャラクターですが、ハーモニカをどこか切なげに鳴らすその姿は、どこか吟遊詩人や語り部に通じるものがあるように思います。
しかし、原作のスナフキンはアニメ版よりもう少しエキセントリックなキャラクターでした。『ムーミン谷の十一月』でヘムレンさんが谷の入口に「ここはムーミン谷」という看板を立てようとしたとき、それを聞きつけたスナフキンは、それまで誰も見たことがないような慌てっぷりですっ飛んできて、看板を引っこ抜いては蹴り飛ばしてしまった。
そしてこう叫んだのだ、「こんなことをしたら、ムーミン谷もほかと同じになってしまう!」と。春になって冬眠からさめたムーミンは、毎年スナフキンが帰ってくるのを今か今かと待ちわびてくれるのですが、世界中を放浪し続ける彼にとって、そんなムーミン谷は唯一無二の特別な場所であったのでしょう。
彼は自身が旅で見聞きした体験をぺらぺらと安易に言葉にすることはしません。スナフキンが語るべき物語は、決して言葉にされないものであり、彼は沈黙の語り部なのです。
その意味で、今週のしし座もまた、何を語らず、何を語るべきか、よくよく吟味していくことがテーマとなっていくでしょう。
しし座の今週のキーワード
沈黙の語り部





