ふたご座
土地柄に準ずる
ささやかな日々の通奏低音
今週のふたご座は、『雑煮椀牛の乳房を揉みし手に』(鈴木牛後)という句のごとし。あるいは、自身の経済圏の向こう側にある光景と地続きになっていくような星回り。
搾乳してきた同じ手で雑煮の椀をもっている不思議を詠んだ一句。おそらく、正月からすでに日常の労働は始まっているのでしょう。手の立場に立ってみれば、牛の乳房もお椀も形としては同じようなものであり、滑稽味を交えつつも作者はそんな自分の仕事にどこか誇りにも似た満足感を抱いているように感じられます。
改めて作者が角川俳句賞を受賞した後に新聞に載っていた文章を読み返すと、作者は自身の労働と地続きに広がっている光景について次のように述べています。
牛を放牧地に放てば、牛は生えている草を食べ糞尿をまき散らす。糞尿は肥料として牧草の栄養となり、それによって牧草が育つ。そしてその草を牛が食べる。ごく局地的ではあるがささやかな自然の循環がある。そしてここには確かな「手応え」があった。
世間の評価や他人との比較、きれいと汚い、ショボい羨ましい。そんなあまりに人間臭い基準を超えたところにある生命の営み、自然の法則に即して日々仕事をしているという実感が、掲句にも通奏低音として響いてきているのかも知れません。
1月7日にふたご座から数えて「実質」を意味する2番目のかに座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、自分なりの「確かな手応え」をどこまでも大らかに追求していくべし。
四谷三丁目という街
例えば、新宿からほど近い四谷三丁目は、異様なほど坂道の多い街で、その坂の途中や崖沿いはたくさんのお墓で覆い尽くされています。
中沢新一が指摘しているように、墓地の周りには日本の街の常として必ず花町ができるそうで、当然そうした花町の周囲には小洒落た飲食店街ができて、結果としてその一帯が繁華街となってきたという歴史があるのだそうです。
四谷三丁目あたりの崖には、すでに古墳時代には横穴墳墓が作られていたらしく、そうして死者の念が幾重に積み重ねられてきた場所に、食と性という人間の二大欲求を満たすための機能が町として築かれてきたという意味で、四谷三丁目のような町が、いかに野性味にあふれた場所かということが分かるでしょう。知ってしか知らずか、人は土地が放射する力を本能的に感じ取って、それにふさわしい街を作るものなのかもしれません。
今のふたご座もまた、自分なりの「街」や経済圏を作っていく最中にあるかと思いますが、自分がいったいどんな土地や死者の念を受けとって生きているのかということについて、今週は改めて考えてみるといいでしょう。
ふたご座の今週のキーワード
土地とのハーモニー、死者とのハーモニー