かに座
岩と波としぶきと
北国の春
今週のかに座は、『岩群の生きて波挙ぐ五月かな』(成田千空)という句のごとし。あるいは、生と死の深いコントラストを内に含んでいこうとするような星回り。
作者は青森県出身の大正生まれの俳人で、掲句の前書きには「五能線」とあります。これは秋田県の北端にあたる東能代駅から青森県の川部駅を結んで走る全長約150キロのローカル線で、日本海側の絶景が見られることで知られています。
北国の5月は、通常の季節感としては春であり、しぶきをあげて波を打ち寄せる碧い海も、桜も桃も林檎もいっぺんに花咲かせる大地も、永い眠りから覚めたいのちのように、しごく明るく、その喜びを爆発させているのでしょう。
「岩群の生きて波挙ぐ」とは、深浦の奇岩として有名な一連の岩群のことで、ただの岩にも生命力がみなぎっているかのように感じられる季節であることを力強く詠いあげているわけです。そしておそらく、そこには一斉に熱気を放ち始める大自然とは裏腹に、文明社会で弱り細って死に近づいていく人間たちの姿が念頭にあったのではないでしょうか。
その意味で、16日にかに座から数えて「再生」を意味する5番目のさそり座で満月を迎えていくあなたもまた、どこかで自分が生まれ変わったような新鮮さを実感していくことができるはず。
連続する波の一部として
トルストイは『人生論』という著書の中で、死後の生ということを一生懸命考えているのですが、そこには次のような一文が出てきます。
人間は、自分の生が一つの波ではなく、永久運動であることを、永久運動が一つの波の高まりとしてこの生となって発現したに過ぎぬことを、理解したときはじめて、自分の不死を信じるのである。
普通、死後に残るのはその人の思い出だけですが、トルストイはそうではないと言っています。ひとつひとつの「波」はあくまで大きな海潮の一部であり、海流としての自分(時間と空間を超えた働き)という視点で生きることができた場合、その人が死んで肉体は滅びたとしても、世界に対して作られた関係によって、より一層その働きが力強くなることもあるのだ述べています。
こうした視点を踏まえると、冒頭の句の解釈もより一層深まってきます。「北国の春」は毎年繰り返され、その度にこの世に固定された岩たちが、そうした波のひとつひとつを全身で受け止め、試金石となることで、逆にそれらをほとばしらせてきたのでしょう。今週のかに座もまた、そうした自分なりの「岩」を見出していくことがテーマとなっていきそうです。
かに座の今週のキーワード
永久に繰り返される運動との調和