かに座
正気で狂気の沙汰をする
釣り人の背中
今週のかに座は、風呂に釣り糸を垂らす釣り人のごとし。あるいは、得たい成功をつかむため、そのかすかな手ごたえを待ち続けるような星回り。
釣りと言えば、川や海に行って釣り竿を垂らす訳で、風呂場で釣り竿を垂らす人がいるとすればそれは正気ではない。
しかしそうした狂気の沙汰を、ごくごく正気でやっている人を、おそらく何人も見てきたし、それが決して無意味ではなかったということも十分過ぎるほどよく知っているような気がする。
底の抜けたバケツで水を汲んでいくような、やり続けることが困難で、ときに絶望をもたらすほどの営みを、無価値だと思うだろうか。
しかし大きな目で見てみれば、商社や農家だって、あるいは小説家や職人にしても、やっていることは風呂場に釣り糸を垂らし続けるようなものではないかとも思うのです。
一つの大いなる困苦の底にありつつ、それでもなお鋭く神経を研ぎ澄ましていくことで、ひそかに「その時」が来るのを待っている。
そういう在り方をこそ、今週は大事にしていきたいものです。
「百聞は一見に如かず」に囚われないこと
例えば、アンデルセンが書いた童話も、ドフトエフスキーが書いた小説も、誰もが体験していないようなことを表現していた。
作品が出来あがり、高く評価されるようになった後の時代に生きている私たちにとってみれば、作品を生み出すきっかけや試行錯誤、その過程で生じた摩擦やノイズなどもそのひとつひとつが価値あるものとなります。
ですがもし、リアルタイムにそれらを見聞きしていた人らは、もしかしたら「この人は風呂場で釣りをしている」と感じていたかも知れません。
しかし「百聞は一見に如かず」「とりあえず釣果を見せろ」の一言で切り捨てられるであろう、ごくごく些末な部分や一見不要なように思える不可解なプロセスにこそ、運命感受の静謐な息遣いは宿っていくのではないでしょうか。
いや、間違いなくそのはずであり、その限りにおいて、人は正気を保っていけるのです。
今週のキーワード
やり続けることで出る凄味