かに座
うわべにサヨナラ
宣長の先見性
今週のかに座は、「女童」に立ち戻っていくよう。あるいは、おのれの心の底を思い切って打ち出していこうとするような星回り。
江戸後期の国学者である本居宣長は、『紫文要領』という著作において当時は諸説あって定かではなかった源氏物語の作者・紫式部や、物語の内容について「もののあはれ」の観点から論じているのですが、その中で光源氏ら物語の男たちが「何事にも心弱く未練にして、男らしくきつとしたる事はなく、ただ物はかなくしどけなく愚か」で、「其の心ばへ女童のごとく」ではないかと指摘した上で、みずから次のように答えています。
おおよそ人の本当の心というものは、女児のように未練で愚かなものである。男らしく確固として賢明なのは、本当の心ではない。それはうわべを繕い飾ったものである。本当の心の底を探ってみれば、どれほど賢い人もみな女児と変わらない。それを恥じて隠すか隠さないかの違いだけである。
男らしさとされているものは、うわべを飾っているだけで「本当の心(実の情)」ではなく、女性性こそが人間の本質であるという宣長の洞察は、現代のフェミニズムの文脈から出てきた「ケアの倫理」とまさに一致するところであり、驚くべき先見性と言えます。
5月6日にかに座から数えて「表出」を意味する5番目のさそり座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、うわべを飾るための男性性よりも、人間の本質たる女性性(女児のさが)をいかに優先し、自分でケアしてあげられるかが問われていくでしょう。
脳から心臓へ
現代における悲劇とは、何事においてもいまいち「本気になれない」ということの中にあるのではないかと思いますが、その根は意外なほど深いように思います。
感情的なエモさであれ、より身体的な生命力のようなものであれ、それらが根本的なところで満たされることがないために、思いっきり何かにチャレンジするとか、あるいは非現実的な理想や夢を追いかけるというモードへ、なかなか移っていけないのか。
あるいは、本気で欲しいと思えるような相手ではなく、好きなのかどうかさえも自分で分からない半端な相手ばかりと付き合ってしまったり、付き合っていても相手とぶつかることを避けた結果、なんだか余計にさみしさが深まってしまったのか。
こうした事態の本質というのは、男性性というよりも、いわば「見てるだけ」という態度にあるのではないでしょうか。脳が主体になると、どうしても何かを見て脳を刺激させること自体が目的化してしまう。そうなると、自分のことさえどこか他人事のようにモニタリングしている状態になっていくので、結果、うわべを繕い飾った言動に終始してしまう。
自分を本気にするためには、身体や心から持てる力をしぼり出して、それまで止まっていた心臓に主導権を移し、少しでも高鳴らせていくこと。最終的に今週のあなたに贈る言葉は、その1点に尽きるでしょう。
かに座の今週のキーワード
どれほど賢い人もみな女児と変わらない