かに座
どれだけアホになれるか
契機としての滑稽さへの自覚
今週のかに座は、『世を恋ふて人を怖るる夜寒哉』(村上鬼城)という句のごとし。あるいは、自分でも不思議なほどに共感や同情がほとばしっていくような星回り。
作者は聴覚障害を持つろう者でありながら、10人の子どもを司法代書人の職で養っていた苦労人。俳句の世界でも活躍したものの、自身の障害のこともあって、あまり人前に出ることには積極的ではなかったのかも知れません。
そうしたことを世間の人はやれ「変わり者」だ「奇人」だと言って軽く片づけてしまいがちですが、掲句をよむとそうした振る舞いは決して世を厭うてのものだったわけではなく、むしろ世間を恋い慕う気持ちは並々ならぬものであったことがわかります。
そして普通の人間以上の熱い血がその脈管の中に波打っていたからこそ、世間の人が耳の遠いろう者や目の見えない盲者をどこか本能的に下に見たり、心ない扱いをするその獣性に対して、誰より敏感だったのでしょう。
だとすれば、「世を恋ふ」ほどの熱情はむしろ作者にとって自身の滑稽さの証しに他ならなかったはずですが、一方でそれは他の人間の悲惨や小さき者や弱き者たちへの作者の熱烈なシンパシーを後押しする原動力ともなっていたように思います。
その意味で、16日にかに座から数えて「コミュニケーション」を意味する3番目のおとめ座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、単に世を呪い、人を嘲る代わりに、もっと悲しくなっていこうとするべし。
すぐには役に立たないけれど
2020年4月に歴史上初めてブラックホールの撮影に成功したことが世界中でニュースとなった際、インタビュアーが研究者に「ブラックホール撮影成功が何の役に立つのか?」という質問をぶつけていた場面がありました。
研究者の方は苦笑いしながら、「今すぐには役に立たないでしょう。ただあえて言えば、太陽系だけでなく銀河系について知っていくことで、我々がどこからきたのか?私たなぜここにいるのか?といった人類の自然への理解を深めることにはつながっていくのではないか」と語っていました。
とても謙虚であると同時に研究者としての矜持がうかがえる返答でしたが、これは言い換えれば、自然科学だとか経済とか、色々な物事をひっくるめて考えていくことのできるような思考の「分母」を広げていこうとしているわけです。
今の教育というのは、あまりにも細分化されてしまって、いわゆる「リベラルアーツ」や教養というものが軽視され、「夕焼けはなぜ赤いんだろう」とか「宇宙はどういう形をしているのか」といった話も「蘊蓄」の一言で片付けられがちですが、これも分母(世界観の深まり)ではなく分子(個人的に有利な点)を大きくしていこうというような、自我肥大的な発想を裏打ちしているのだと言えます。
今週のかに座もまた、分子を少しでも大きくしてええかっこしいをするよりも、いかに思考の分母を大きくしてアホになれるかを問うてみるといいでしょう。
かに座の今週のキーワード
悲しみの分母