かに座
治療をめぐる文脈
お薬いろいろ
今週のかに座は、「心の病い」を回復させてきた歴史的な取り組みのごとし。あるいは、記憶の彼方にある文脈をそっと身近に引き寄せていこうとするような星回り。
小俣和一郎の『精神病院の起源』によれば、日本の精神科病院の歴史には古代における光明皇后の悲田院や行基の布施屋などの病人救済事業を前史として、仏教者たちの尽力が大いに関わっており、そこには次の3つの文脈が浮かび上がってくるのだそう。
まず「密教系の水治療を中心とする施設」が生まれ、これは修験道の滝行などと結びついた修業型の治療で、だいたい薬王院とか医王院という名称のあるところはこれにあたるのだとか。次は「律宗・真言宗の漢方治療をとりいれた施設」で、これは中世に律宗の中興の祖となった叡尊とその弟子・忍性がひらいた、日本初のハンセン病患者収容施設である北山十八間戸の影響が大きく、薬草や茶葉を用いて精神治療にあたってきた流れができました。最後が「日蓮宗系の読経を治療につかう施設」で、これは題目や法華経を読誦することで気分の解放につとめるというもので、無我の境地に入る荒行で自然と病気が癒えたという報告例もあったようです。
ここへさらに中国からの陰陽道や錬丹術、加持祈禱術、蘭学洋学などが加わっていったことを考えると、日本の精神治療は想像以上に多様な展開を含んできたことが分かります。しかし、近代化を経た現代日本社会はいま、そうして歴史的に形成されてきた豊かで複雑な「心の病い」の治療をめぐる文脈や記憶を徐々に失いつつあるのではないでしょうか。
その意味で、11月8日にかに座から数えて「広い交わり」を意味する11番目のおうし座で皆既月食を迎えていく今週のあなたもまた、例えば上記のような歴史的に埋もれつつある文脈と改めてつながり直してみるべし。
虐げられた者へのまなざし
例えば江戸時代の三大俳人の1人である与謝蕪村の句に、『秋風や酒肆に詩うたう漁者樵者』というものがあります。
漢文調の句で、「秋風(しゅうふう)」に「酒肆(しゅし)」と読みますが、酒肆というのはいわゆる居酒屋のようなお店のことで、「漁者(ぎょしゃ)樵者(そうしゃ)」は漁師と木こり、つまり社会の底流の労働者たちのこと。
ただ、ここで詠われている「漁者樵者」は、いずれも単なる漁師や木こりではなく、それぞれ隠者の風貌をもち、また詩人の相をそなえているように見えます。当時は漢文調が格調高いものとされていた訳ですが、作者はそれを逆手にとって、社会のなかで一番虐げられているはずの人たちをこそ格調高いものとして表現してみせたのです。
だとすれば、ここでいう「詩」とは、おそらく海から山から酒場に集まってきた労働者たちが、地酒を酌み交わしながら1日の疲れを吹き飛ばすため秋風のなかで歌っていた民謡や即興歌のことであり、虐げられた境遇を慰めてくれる一番の特効薬だったのでしょう。
今週のかに座もまた、自分が大切にしていきたい日常風景や記憶の光景を、自身のバックグラウンドとして改めて脳裏に刻んでみるつもりで過ごしていくといいでしょう。
かに座の今週のキーワード
無知と貧困に抗った赤ひげ