
おとめ座
親密チャレンジ
親密さをつくる
今週のおとめ座は、古代ストア派の「オイケオイシス」という概念のごとし。あるいは、引越しや環境・関係の変化を「リセット」ではなく「チャレンジ」として捉えていこうとするような星回り。
『家の哲学』という12章で構成された著作の第一章に「引越し」という章をもってきた哲学者のコッチャは、自身の三十回もの引越し歴を踏まえて次のように述べていました。
引越しによって家は存在しないということが実証される。存在するのは、家づくりであり、物と人とが互いに飼いならすこと[家化すること]という、とても長期にわたる駆け引きである。
そして、そうした飼いならしについて、コッチャはさらに古代ストア派が「オイケオイシス」と呼んでいた概念を引っ張り出して論じています。いわく、オイケオイシスは、新たな環境や変化した関係に適応しつつも自分のものとし、自分を他者に似たものに変えつつ自分も変わるという、二重の意味での所有&同化を意味し、それは先の引用箇所の「物と人とが互いに飼いならすこと」という部分でも端的に表現されています。
こうした家とは固定されたモノではなく家化のプロセスであるというコッチャの観点は、「自分で自分の機嫌をとる」「自分との親密さを再構築していく」ためのヒントとしてもかなり“使える”と思います。なぜなら親密さもまた、一つの事実というより人工物だから。
では、そうして人為的に自分やそれに類するものとの親密さを造るためのステップを、大きく3つにわけて端的にまとめてみましょう。
①ただ所有・居住するのではなく「この物・この場所と私は共に育つ」という意識を持つ
②手入れ・問いかけ・関係性の変化を丁寧に味わう(=コッチャの「駆け引き」)
③私の家=世界の家という拡張と捉えなおし
10月30日におとめ座から数えて「健康第一」を意味する6番目のみずがめ座で上弦の月(行動の危機)を迎えていく今週のあなたもまた、「家化する力=居場所をみずからつくる力」をいかに鍛えるかということを念頭に過ごしてみるといいでしょう。
熊楠の自己同定
卓抜した民俗学者にして粘菌の研究者であった南方熊楠(みなかたくまぐす)は、亡くなる2年前の昭和十四年三月十日付の真言僧・水原某宛ての手紙の中で、「小生は藤白王子の老楠木の神の申し子なり」と述懐しています。
「藤白王子」とは藤白神社のことで、熊野の入口と言われている場所。熊楠はこの神社の楠の大木から「楠」の名を授かり「熊楠」と命名されたこともあって、その木をみずからの生命の根源と見なし、自分はその老楠から生まれ出た粘菌人間と思っていたのではないかと思われます。
このことは、単に彼のセルフイメージやアイデンティティといった内面的な話だけに留まるだけでなく、のちに彼が鎮守の森の伐採とセットであった神社合祀への激烈な反対運動へと駆り立てられていく原動力ともなっていきました。熊楠にとってはたかが木一本という判断さえも決して容認することはできなかったのであり、彼こそは先の3ステップの③のレベルまで親密さを構築していった代表格なのだとも言えます。
今のあなたには彼ほどに深く自己同定しえるものが何か思い当たるでしょうか?
生まれた土地や住んでいる場所、付けられた名前、込められた思い、宿った縁。今週のおとめ座はそういった自己の背景をこそ、ずいずいとたどってみるといいでしょう。
今週のキーワード
真の豊かさとは自己の背景にこそあるもの







