おとめ座
周縁から立ち上がる
紅白のさりげない配置
今週のおとめ座は、『パプリカの赤を包丁始かな』(西山ゆりこ)という句のごとし。あるいは、等身大の自分から事を始めていこうとするような星回り。
正月の最初に包丁を使ったのが、嘘のように真っ赤なパプリカだった。そんな生活実感を詠んだ一句。
おせち料理やお雑煮など、伝統的な日本料理の具材ではなく、パプリカといういかにも現代的でポップな具材が何気なく出てきて、古風な季語と組み合わさっているのが面白い。
おめでたいとされる紅白の色合いをどこに見出すかはこの時期の懸案事項だが、天地自然のなかにどこまでも壮大に展開していけそうなこのセットを、白いまな板の上の赤いパプリカという等身大の日常のなかに見出しているところに、作者のぶれない身体性の確かさのようなものが感じられる。
言われてみれば、普通の人間にとって生(赤)と死(白)の配分はいつだって台所で決められているのであって、各種の記号がちりばめられたどこか抽象的な議論や本のなかにあるわけではない。そこが疎かになってしまえば、元も子もないのだ。
1月4日におとめ座から数えて「身体性」を意味する2番目のてんびん座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、生活実感より先のリアリティーをいったんきれいさっぱり切り捨ててみるといいかも知れません。
「結社」のように
例えば、芸術が芸術たりえるのは、真っ向勝負ではなく、立ち位置を周縁へと動かしたり、少し角度を変えていくからで、それを資格や制度や権力のど真ん中に収まって喜んだり争ったりしているようでは、そこから豊かなものはまったくもってできあがってこないし、そこに集う個人も、次第に自由な個ではなくなっていってしまう。
人類の共同体内には太古の昔から存在してきた「結社」というものが存在し、そこで既存の秩序やルールを大きく逸脱した異常な働きを取りこんで、束の間のあいだ公に姿を現わすことで、自分と世界に他に類のない豊かさをもたらしてきたが、その構成員は2人でも3人でもかまわないのだ。
そこで商売をするのであれ、自然への回帰を目指すのであれ、共に過ごしていく中で、生きる力を高めていけるかどうかが大切で、それこそが結社の命だった。
今週のおとめ座もまた、表面的な流行や成功を追うためではなく、端的に感動すること、愛すること、望むこと、そして身ぶるいするために、どこに身を置き、誰と関わり、何にリソースを割いていくべきかを熟慮していくべし。
おとめ座の今週のキーワード
身近な場所からの温故知新