おとめ座
こぼれ落ちたものを掬う
※当初の内容に誤りがありましたので、修正を行いました。ご迷惑をおかけし大変申し訳ございません。(2021年1月25日追記)
味のある老婆
今週のおとめ座は、森田誠吾さんの『魚河岸ものがたり』の一節のごとし。あるいは、生臭い娑婆の臭いが消えていき、懐かしいひとの匂いが残っていくような星回り。
どうという文章ではない。誰にでも容易に書けそうなのに、突然懐かしい人に出会ったような思いに駆られて、涙が出てくることがあります。例えば、1985年に刊行され直木賞を受賞した森田誠吾さんの『魚河岸ものがたり』の次のような一節。
いい柄だ、おかみさんの目が細くなる。柄がいいだけではない。値段がまた気に入っている。いやしい、と言われるかもしれないが、値段のことを考えると、せいせいしてくる
難解な言葉はひとつも使ってないし、表現に特別凝ったところもない平らな文章なのですが、橋のたもとで味のある老婆がひょいとこちらを振り返って目が合った時のような、心地よい気が流れているのです。
心ならずも魚河岸の町に身をひそめた青年と、まちの人々との人間模様を情感こまやかに描き出した『魚河岸ものがたり』には、他にも「面変り(おもがわり)」とか、「折々の奇縁」、「あべこべ」、「商いは牛のよだれ」といった具合に、心優しい言葉が時おり顔を出し、懐かしい気持ちにさせてくれます。
その意味で、29日におとめ座から数えて「失われた記憶の光景」を意味する12番目のしし座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、そんな何気ない記憶を取り戻していくなかで心にやさしい風が吹いていくはず。
ひとりの「語り部」として
歴史は勝者によって書かれ、作られるということがしばしば言われます。
例えば、幕末から明治にかけ、新政府軍と旧幕府軍とのあいだで起きた戊辰戦争においても、敗れた諸藩の出身者たちが、戦後あらゆる新階層秩序から排除されたことはよく知られているところでしょう。
ですが、一方で私たちは時おり思いだすのです。「歴史をかえてゆくのは革命的実践者たちの側ではなく、むしろくやしさに唇をかんでいる行為者たちの側にある」(寺山修司『黄金時代』)のだということを。
つまり、「敗者」がいてこそ歴史は成り立っていくのであり、その意味で「敗者」こそが産婆のごとき役割を担って、真実というものを人びとの記憶に刻んでいくのだということ。
もちろん、最初から自分から敗者になろうとするような人はいないでしょう。ゆえに、「図らずも犠牲になった」者たちの一部が「語り部」となることで、「歴史」に対抗しうるような「物語」がそこではじめて紡がれていくのです。
今週のおとめ座は、そんなことを歴史からこぼれ落ちた物語の語り部になったつもりで過ごしてみるといいかも知れません。
今週のキーワード
敗者の矜持