
おうし座
女神と文鳥

神は突如空から降ってくる
今週のおうし座は、英雄アキレウスの身に起きた女神アテネの到来のごとし。あるいは、後になって自分でもどうしてそんな不可解な決断をしたのか分からないことを、それにも関わらず行っていくような星回り。
トロイヤ戦争におけるギリシャ方の総大将アガメムノンのあまりに横暴な振る舞いに業を煮やしたアキレウスが、彼を討ち果たすべきか、それとも思いとどまるべきか(トロイヤ側もろともが総崩れとなるため)迷っていた際に、突如として女神アテネが天空が舞い降りてくる場面があります。以下、その箇所を引用してみましょう。
背後から歩み寄ると、ペレウスの子の黄金色の髪を掴んだ。驚いて振り向いたアキレウスは、凄まじいばかりに輝く女神の両眼を見て、すぐにパラス・アテネをそれと識った。(…)「わたしはそなたがもし素直にわたしのいうことを聴いてくれるのなら、なんとかその腹立ちをおさめさせたいと願って空から降ってきた。白い腕の女神ヘレ(ヘーラー)はそなたら二人をともに愛しみ気遣ってわたしを遣わされたのです。さあもう争うのはやめ、剣を抜こうなどとするでない。(…)今はじっと堪え、われらのいうことを聴いておくれ。」女神に答えて駿足のアキレウスが言うには、「腹が煮えくりかえる想いではありますが、女神よ、お二方の言葉には従わねばなりません。(…)」こういうと銀の鋲打った柄にかけた手を止め長剣を鞘にもどして、アテネの言葉に従うと、女神はアイギス待つゼウスの館、他の神々の許へと立ち去った。(『イリアス』松平千秋訳)
これは突如襲った当人にとっても説明不能な心理的混乱が、神々による外的な警告としてその出番を要請した典型と言えるでしょう。そもそも、アキレウスがこんなにも怒ったのは、アガメムノンが失った自分の愛人の埋め合わせにアキレウスの愛人プリセイスを奪ったのが発端でした。それがあれよあれよという間に大事件へと発展し、もはや後に引けなくなっていったわけですが、いさかいの発端と同様、その終息もあっけないものでした。
こうしたアキレウスの心理状態に関して、古典学者のドッズは「心的干渉」と呼び、宗教学者ニルソンは「彼自身の行動が、彼にとってよそよそしいものとなり、彼は自分の行動を理解できない」と述べています。
7月7日におうし座から数えて「実存」を意味する2番目のふたご座に「突然変化」をもたらす天王星が移っていく今週のあなたもまた、自分でも制御できないような感情に駆られたり、納得しないままにそれを押しとどめたりといったことが起きていきやすいでしょう。
小沼丹の『十三日の金曜日』の場合
文鳥の記憶をめぐるこの短い小説では、主人公は或る日戦死したはずの友人を見かけ声をかけたら手を振ってくれたものの、別の知り合いにその友人はもう死んだと言われたことを思い出します。
不思議なものだと出した足が愛鳥を死なせる。午後から学校へ出勤し、電車に揺られていれば風呂敷包みを頭に落とされる。今日は13日の金曜日だと話す声がする。着けば、上着に財布を入れ忘れた妻への悪口が外へ漏れて人を驚かせ、そこで話は唐突に終わる。
振り返ってみれば、この小説には実際のところ「文鳥」という言葉一つでて来ません。それに、いかにも小説のためと言わんばかりの、取って付けたような移動があるだけで、ここでは何かが破れているのです。破れているのは現在や過去といった時制なのか、それとも自他の境界線なのか、あるいは虚構と現実の区別なのでしょうか。
生きていれば、そういうところにふと迷い込んでしまうこともある。今週のおうし座もまた、不意に差し込まれてくるものをうっかり聞き流したり身をそらすのではなく、しかと受け止めていくべし。
おうし座の今週のキーワード
生きていればそういうこともある





