おうし座
魔法の文法
わずかな風が入ってきて…
今週のおうし座は、池澤夏樹の『スティル・ライフ』の一節のごとし。あるいは、普段の現実の別のレイヤーへとフッと意識を飛ばしていくような星回り。
この小説は染色工場でバイトしている主人公が佐々井という男に出会って、期間限定の奇妙な仕事を頼まれ、それが終わると佐々井が去っていくという短い物語なのですが、この佐々井がなかなかに不思議な男で、不意に宇宙の話なんかをしたりするのです。
ぼくたちはそれから川の写真を見た。それは前のと違って、川を降る小舟の舳先から下流に向けられたカメラによって連続的に撮られた一連の写真で、狭い急な渓流が次第に広く緩やかになり、堤防に囲まれ、橋の下をくぐり、一段と濃い青に輝く海が正面に真一文字に見える河口まで延々と続いていた。映画以上の動きがあり、それがなかなかの快感だった。川が終わると、佐々井はまた山に戻った。次第にこういう写真の見方が身についてきて、最初に見た時よりずっと自分の意識を消すことがうまくなった。ぼくの全体が風景を見てとる目に還元された。
部屋のどこかが開いているのか、わずかな風が入ってきて、壁に貼ったシーツを揺らした。映った光景がふわっと動き、それはまるで宇宙全体の背景が一瞬揺れたような印象を与えた。見ていたぼくの脳髄が揺れたのかもしれない。雲となって空中を浮揚し、風のままにゆっくりと流されているような解放感だった。
20日におうし座から数えて「自意識を消すこと」を意味する12番目のおひつじ座で新月(日蝕)を迎えていく今週のあなたもまた、現代社会の“速さ”に対する意図的な“遅さ”や“抜きどころ”を半ば意図的につくったり、取り入れたりしてみるといいでしょう。
明るい直感
物事の真実であれ一個人であれ、その全体像というのはいつだって瞬間的に「垣間見る」ことでやっとつかむことができるものですが、普段の日常においてふとした拍子でしてしまう「わき見」や「よそ見」などもまた、どうしても少なく狭いレイヤーで見てしまいがちな現実をふくらまし、レイヤーの幅を拡げていく上できわめて重要な契機となっているように思います。
例えば、ホームに入ってきた電車の窓ガラスに反射した強い光や、不意に目に飛び込んできたはじけるような誰かの笑顔。あるいは、ブルーライトに照らし出された幽霊のような文字列の中でそこだけ不思議とほのかに白く光っているような文章であったり。
そういう見た瞬間に内側からの希望なのか情熱なのか分からない、明るさとしか言いようのものが湧いてくる感覚を、なぜだか私たちは既に知っている。これもまた、佐々井が見せてくれた一連の川の写真のように、かそけきものの消息を追っていった際にかかる魔法の一種と言えるのではないでしょうか。
今週のおうし座もまた、そうした“魔法の文法”をどうにか掴んでいくことで、思わずわっと嬉しくなるような瞬間と立ち会っていくことができるかも知れません。
おうし座の今週のキーワード
わき見せよ、よそ見せよ