おうし座
私を無くしていく旅
無心のひとりごと
今週のおうし座は、『菜の花や人ゐなければひとりごと』(藤井あかり)という句のごとし。あるいは、これまで見過ごしていた実感を言葉にしていくような星回り。
すっかり温かくなったと油断していると、まだまだ寒さがぶり返してきてはぎゅっと身体を縮めてしまいがちな今日この頃ですが、それでも郊外や田畑のそばに足をのばせば、一面ひだまりを思わせるような鮮やかな黄色に染める「菜の花」が目に飛び込んできて、春の訪れを実感させてくれます。
そんなどこか賑やかで、子どものような存在感を放つ菜の花が、掲句ではあえてなのかたまたまなのか、静まりかえった空間のただなかに置かれ、作者はそこにじーっと視線を注ぐのです。
おそらく、遠くから眺めていると賑やかな菜の花も、近づいてみれば言葉を話さないただの花であるという前段がここでは意識されているのでしょう。ところが、人の気配がすっかり消え去ったのを確認すると、菜の花は何やら「ひとりごと」を始めるのです。
菜の花の花言葉は、「小さな幸せ」。人間社会が見過ごしてしまっているささやかな地上のお祝いごとを見つけては、湧き出る喜びとともにそれを言祝いでいるのかも知れません。
4月9日におうし座から数えて「言語化」を意味する3番目のかに座で上弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、まず身近なところに転がっている言葉の重みに気が付いていきたいところです。
文章の本質は述語
過剰な自意識が生む悲劇や喜劇を理解していくために、かつてカール・ユングはみずからの無意識の深い層から働きかけてくる「元型」を探しなさいと言い、整体の野口晴哉は自分の立ち居振る舞いや習慣の中に現れている「体癖」を見出せといい、一方で瞑想指導者や森田療法の実践家は「あるがまま」がいいと言いました。
色んな人が色んなことを言っているので、いちいち真に受け、混乱してしまう人も少なくないかも知れませんね。いっそのこと、「本来主語など必要ない」と思ってみるのはどうでしょうか。
もちろん、これは酒を飲んで前後不覚の自暴自棄になれということではなくて、もう必要以上に‟私”に固執するのをやめてしまおう、野に咲く菜の花と同じく、「もともと‟私”など無いのだ」と思い出そうということです。
もちろん生きていくのにもある程度のエゴの強さは必要ですが、でも根本のところでは、やはり人生は“私”を無くしていく旅なのです。そっちの方へ転がっていけると、これからずっとラクに過ごせるかも知れません。
おうし座の今週のキーワード
自明の帰属関係の解除