おうし座
瞳の奥に光を通す
視覚から触覚へ
今週のおうし座は、「目覚むれば裸の女もの書ける」(榮猿丸)という句のごとし。あるいは、視覚と触覚とを繋ぎあわせていくような星回り。
色っぽいのか色っぽくないのかよく分からない句だ。少なくとも、作者は自分の置かれた状況を正確に把握しつつ、目の前の対象を客観的に記述しようとしている。
「女」は昨晩見た夢について記録でもしているのか、急な仕事でもしているのだろうか。同じ「もの書ける」でも、机に向かって背筋をピンと伸ばしてそうしているのか、ベッドに寝転がったままだらしなくそうしているのかで、まったく印象が変わってしまうが、願わくば後者であってほしいという気がする。
逆に、作者の描写はそういう下世話な現実におりていかないギリギリのラインにとどまって、そこに自分が置かれるように言葉を選んでいるように思える。だから、艶めかしさがあっても気分が悪くならないし、読めてしまうのだろう。それは今日では、貴重なことだと思う。
実際にやってみると、そうしたラインにちょうどよくとどまるのは案外難しいことだし、それをごく当たり前にできてしまう(少なくともそう見える)作者の手つきこそ、いい意味で色っぽいのだろう。
10日におうし座から数えて「与えられたもの」を意味する2番目のふたご座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、いま現在すでに自分に与えられているものの価値を、最大限に引き出していくための手つきを意識していくべし。
触覚から視覚へ
価値を引き出すための手つきというと、たとえば、野点(のだて、野外でたてる茶の湯のこと)でのお茶のいただき方などが思い浮かぶ。
茶碗を回して、正面をはずしてから、一口ずつしっかり飲む。そして湯を飲み終えた茶碗の底に、空にうかぶ雲が映る。椀の底から反射した光が闇に飲み込まれることなく瞳まで届いたのだ。その事実の、何とありがたいことよ。
そも、瞳は人見に通じる。人の姿が映って見える、の意だそう。そして「見」という漢字は、人の上に目をのせる。まるで天の目に自分自身をさらしているかのように。その手つきのほどやいかに。
今週のおうし座は、さながら闇の中に閉じ込められていた光(与えられたもの)を外へと開いていくことで、これまで感じ取れていなかったものを改めて感じ直していくことがテーマとなっていくだろう。
今週のキーワード
共感覚とその誘引剤としての芸術