おうし座
貫くだけの生き様を
円空の生き様に寄せて
今週のおうし座は、「子供らと遊びまろびつ貌もなき仏となりぬ円空仏」(八木幹夫)という歌のごとし。あるいは、いっそ行けるところまで行ってみようと、とことん道を究めていこうとするような星回り。
円空(えんくう)は、江戸時代前期の芭蕉と同時代の人で、全国を廻った僧であると同時に仏師でもあり、各地に「円空仏」と呼ばれる木を鉈で彫った独特の仏像を残したことで知られる。
一説には、生涯で12万体の仏像を彫ったのだとか。
彼の作ったものの中には、お寺の本堂のご本尊として祀られる立派な仏像も少なくないのですが、民衆の求めに応じて、気軽に拝める素朴で小さな仏像もたくさん作りました。
彼はそれらが野に置かれ、まさに「子供らに遊び倒され」「摩耗して顔が分からなくなる」くらい親しまれる事を望んでいたのです。
なお、この歌に詠まれているのは北海道南西部の乙部町の円空仏。当時の日本の最果ての地に残された顔なき仏に、作者は円空その人の生き方を見たのでしょう。
円空ほどに徹底しておのれの生き方を貫いていくことは難しいかもしれませんが、今週のあなたは「それでも」と自分を奮起させ、前を向いて歩き始めていくのではないでしょうか。
微笑する仏のように
鑿(のみ)の跡も荒々しい「円空仏」は、一見すると野性的でおおざっぱに感じられますが、よくよく観察していくと木という素材を巧みに生かした非常に高度な技術によって作られているのが分かるのだそうです。
彼の生き様もまた、ただその場の勢いだったり、思いつきだけで貫徹することは到底できなかったはず。
美濃の国(現在の岐阜県)に生まれ、若い頃から寺院にとらわれず、山に登って修行を重ね、やがて訪ねた村や町で民衆が苦しんでいる姿をこれでもかと目にした円空の彫った仏には、高度な技術だけでなくもう1つ特徴がありました。
それはどの仏も微笑んでいるような表情を浮かべていること。そのため円空仏は「微笑み仏」として紹介されることもあるそうです。
おそらく道を究めんとした円空がいたった境地も、歯を食いしばった必死の形相ではなく、木のあたたかみを感じさせる微笑だったのでしょう。
あなたもまた、どこかに自分の理想とする微笑を見出していけるといいのですが。
今週のキーワード
修行と微笑