
さそり座
おぼつかない歌をたよりに

「あっ、きっとこんな日だったんだな」
今週のさそり座は、『水温む鯨が海を選んだ日』(土肥あき子)という句のごとし。あるいは、これで終わっていいの?と自問した末にこれまで踏み出せなかった一歩を踏み出していこうとするような星回り。
「水ぬるむ」というと、ふつう春が近づいていきて身近な川やちょっとした水たまりの水が少し温まってきた状態を言いますが、掲句ではそれを「海」の塩水に感じたのでしょう。
すなわち、手に触れてみた海水に予想外のあたたかみを感じて、「あっ、きっとこんな日だったんだな。鯨が陸ではなく海で生きることを選んだのは」と日常的な感覚を空間的にも時間的にも途方もないスケールまで拡大させてみせたのでしょう。
ちなみに、長らく鯨の起源と進化史は、ほ乳類の進化史上において大きな謎とされてきましたが、1980年代以降になってようやく鯨の祖先が陸生の偶蹄類で、彼らと最も近縁なほ乳類がカバであることが分かったのだとか。
現在でも鯨は肉食の恒温動物として海中で栄養価の高い動物質のエサを食べていますが、今から6500万年前から現在までの地質学的な区分である新生代の初期に、まだ陸にいた鯨の祖先たちは獲物となる大型の動物が少なくなったり、ネコ目など肉食動物としてより洗練された種が台頭してきたことで完全に進化に行き詰まってしまい、原始的な鯨類のような完全な水生化を果たした系統以外はことごとく絶滅していったものと推測されています。
3月14日にさそり座から数えて「ネットワーク」を意味する11番目のおとめ座で月食満月(大放出)を迎えていく今週のあなたもまた、そんなはるか昔の鯨の祖先の決断を思い起こしてみるといいでしょう。
「恐くても、小声でうたえば安心だ」
あえて言ってしまえば、決定的な一歩の踏み出しとは、つがいを求める鯨のなかで何かが溢れて思いがけず声をあげ、その勢いのままに歌をうたい始めてしまうことに似ています。
それは、新たなメロディがこの宇宙が生まれる瞬間であり、宇宙も人生もそうした生きた旋律がたえず流れることで成り立っているのです。
暗闇に幼児がひとり、恐くても、小声でうたえば安心だ。子供は歌に導かれて歩き、立ちどまる。道に迷うことがあっても、なんとか自分で隠れ家を見つけ、おぼつかない歌を頼りにしてどうにか先に進んでいく(ドゥルーズ&ガタリ、『千のプラトー : 資本主義と分裂症』)
あるいは、シモーヌ・ヴェイユが「肉体的な呼吸のリズムと宇宙の運行リズムとを組み合わせることが必要である」とも書いていましたが、鯨が鳴くのも、人間が歌をうたうのも、そんな必要に突き動かされているという意味では同じなのではないでしょうか。
今週のさそり座は、歌うように歩を進めるには、また自身のありのままの姿を愛しつつ歩み続けるためには、いったい何が必要なのかということを身をもって感じてみてください。
さそり座の今週のキーワード
52ヘルツのクジラたち





