さそり座
世界からの贈与を受けとっていく
過去から身を引くこと
今週のさそり座は、『かなぶんに好かれて女盛り越す』(岸本マチ子)という句のごとし。あるいは、自分のこれまでの人生をふっと「越して」いこうとするような星回り。
作者は関東で生まれ、やがて結婚して沖縄にわたって土地に根づきながら俳句を詠み続けた人。掲句は、日が沈んでも蒸し暑い、ある夏の夜の一幕を句にしたもの。
灯りをめがけて部屋に闖入(ちんにゅう)してきたかなぶんが、自分に飛びついてきた。そこには、もう悪い虫がつくような年でもなくなってきたのに、というユーモアも込められている。ここで注目したいのは、何気なく書かれた「女盛り越す」という下五です。
これが「女盛り過ぐ」であったなら、うっかり歳をとってしまったことへの戸惑いや、女性として最も華やぎを備えていた時期を過ぎてしまったことへの喪失感に呑み込まれかねないところだったはず。かつてはそうだったかも知れないが、しかし気付いたら、そうではなくなっていた。「過ぐ」ではなく「越す」という言葉が使われているのは、作者がどこかで自分が生きてきたこれまでの軌跡を、自分なりに受け入れることができたからであって、それが不意にはっきりとしたのだとも考えられます。
だからこそ、作者はかなぶんに好かれたことを皮肉っぽく嘆く代わりに、口元に笑みを浮かべて冗談にすることができている。その意味で、7月18日にさそり座から数えて「超越」を意味する9番目のかに座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、ただ単に時間の経過をぼんやり眺める代わりに、いかに過去からサッと身を引いていけるかが問われていくでしょう。
「人生ほど、生きる疲れを癒してくれるものは、ない」
この言葉は確か、作家でイタリア文学の翻訳者であった須賀敦子さんが、やはりイタリアの詩人の言葉として紹介されていたものだったように思います。
長く生きていると、この言葉があったからこそ、何か大変なことがあるたびに、つらく大変なのは自分だけではない、と肩を抱かれるように思わせてくれる言葉と出合うことがありますが、個人的にはこれもそのうちの一つです。
それはたいてい、自分の心のなかにありながら、自分ではうまく表現することができずにいたものに言葉が与えられたような、それこそ、世界からの贈与と呼ぶべき体験でもあるのではないでしょうか。
そして、そうした心から必要としているにも関わらずお金で買うことのできないものとしての贈与については、学校でも、社会に出てからも、誰も教えてくれませんし、だからこそ私たちは生きる傍らで詩や小説を読み、占いをし、そうして時おり日常のやり取りの外へと出ていこう(越していこう)とするのかも知れません。
今週のさそり座もまた、どれだけ自分がそうした贈与に開かれ得るかを、改めて確かめていくことになるはず。
さそり座の今週のキーワード
「生き延びた」という声が思わず口から漏れていく