さそり座
拾い拾いて我はあり
思いは何度でもよみがえる
今週のさそり座は、「むしつてはむしつては捨て春の草」(小西来山)という句のごとし。あるいは、捨ててても捨てきれない気持ちを噛みしめていくような星回り。
作者は芭蕉の同時代に生きた江戸時代の俳人で、掲句の前書きには「野行吟」とあります。すなわち、若草が萌え出る春の野へと実際におもむいて、そこで幾らむしって捨てても惜しくないほどの「春の草」の勢いに感じ入るものがあったのでしょう。
「むしる」という言葉の繰り返しから「すつ」という言葉の結びつきの背後には、どこか思い屈した者特有の虚しさが漂っています。
作者は50を過ぎて家庭を築いたものの、幼い子や妻につぎつぎと先立たれ、ひとりぽつんと取り残されたと伝えられていますから、この句の根底にある思いにもそうした来歴が関係しているのかもしれません。
少なくとも、ここには自然界の底知れぬ豊かさに触れたことで、逆説的にもう元には戻らない何かや失った大切な存在を思って途方に暮れている、正気を保っているものの哀しさがあります。
同様に、3月10日にさそり座から数えて「生まれ変わり」を意味する8番目のふたご座で上弦の月(行動の危機)を迎えていく今週のあなたもまた、何度でもよみがえってくる気持ちを新たな仕方で記憶に配列していくべし。
捨てる神あれば拾う神あり
人生をひとつの旅だとすれば、それは「捨てる」ことの連続だと言えます。
故郷を捨て、親を捨て、友を捨て、家を捨て、職を捨て、つまらない夢を捨て、あんまり捨ててばかりいくので、やがて何もかもが流れる風景の1つのようになっていき、やがて走馬灯というものが出てくる。
しかし、ここで1つ視点を下に向けてみましょう。つまり、そんな流れ雲のような自分もいれば、地を這いながら誤って落としてしまった遺失物を拾い続けていくような自分もいるのだと。そしておそらく、人が自分らしい人生の実感を取り戻していくのもまた、そういう時なんだと思います。
今週のさそり座は、そんな後者の自分の姿が色濃く浮かび上がってくるようなところがあるでしょう。すなわち、いつかどこかで落としてしまった無くしものを取り返す。人生は「拾う」ことの連続でもある。そんな思いがむくりと顔をもたげてくるはずです。
さそり座の今週のキーワード
捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ