
いて座
ネズミと議論するネコ

断て、されば開かれん
今週のいて座は、「蔦断つて氷室の扉ひらくなり」(橋本鶏二)という句のごとし。あるいは、支配の挫折と引き換えの関係の再構築を迫られていくような星回り。
「氷室(ひむろ)」とは、冬に採った天然氷を夏まで保存しておくための施設や場所のこと。この句の場面としては、長いあいだ使用していなかったために蔦に覆われていた氷室の扉を、夏を迎えるためにこじあけようとしているのでしょう。
ここに描かれているのは、まさに「人間の意志」と「自然の摂理」とのせめぎあいを含んだ緊張関係です。蔦は時の流れや自然の力の象徴であり、それは人の都合や予定とは無関係に、勝手に伸び、絡まり、扉を閉ざしてしまう。
そして氷室という冷気の聖域もまた、人が封じた自然の力の一部です。私たちはカオスな日常に秩序を持ち込もうとして、季節の流れや温度の管理に挑んだ訳ですが、蔦の繁茂によって、その意図は一時的に敗れ、支配から逸脱していたわけです。
「断つ」という動詞には、人為の介入がありますが、断った結果、「ひらくなり」とは言っても、それは自力で扉を押し開けたわけではない。むしろ、蔦を取り払うことで、ようやく元の自然の機能が回復されたという印象で、「なり」で終わる句末もどこか傍観的で、他人事のような視線すら感じさせます。
ここに、自分ではコントロールできないものを、それでもどうにかしようとして苦しむ人間の姿が重なって見えてきます。例えば、自分の感情や過去、老い、近しい他者など。忘れたい、封じたい、整えたいと思っても、気づけばそれは蔦のようにからまり、次第に自分の心の扉を閉ざしてしまう。いざそれを「断とう」とするとき、そこには決して小さくない痛みや決意が必要になります。
しかしその断裁とて、決して万能ではない。むしろ、蔦を断つことでやっと扉が「ひらく」のを見守るほかない。つまり、主導権は完全には人間の側にないのです。この句の「ひらくなり」は、努力が報われたというより、「ようやく自然が応じた」かのような、ある種の待つこと、従うことの境地を感じさせます。
7月7日にいて座から数えて「他者」を意味する7番目のふたご座に「現状打破」の天王星が移っていく今週のあなたもまた、そうした「待つこと」や「従うこと」の境地を大事にしていきたいところです。
トムとジェリーのあべこべな関係
ここで思い出されるのが、体が大きく凶暴だが、おっちょこちょいでどこか憎めないネコのトムの、体は小さいが頭脳明晰で、追い掛けてくるトムをつねに事も無げにさらりとかわすネズミのジェリーに対する態度です。
1940年に映画に登場してからすでに80年以上世界中で愛され続けているこの2匹は、永遠の喧嘩相手と無二の友達をいったりきたりしている仲ですが、両者ともに共通しているのは同じ種族の中では異端的存在であるということ。
本来は捕食者側であり圧倒的な強者であるはずのトムは、むしろネズミのジェリーに自身の欠点や弱みをさらしてしまうところがあり、強者であるにも関わらず、きわめて「傷つきやすい」存在です。
これは傷つきやすさは攻撃誘発性ともつながりますが、この場合は単にトムが「いじめられやすい」ことを意味しているのではなく、トムが傷つきやすさを露呈してみせることによって、ネズミ(ジェリー)との間にこれまでにはなかったような生成的なコミュニケーションを生み出す可能性を待っていたのだと言えます。その意味で、トムはネコとしての性やそれに従う惰性=「蔦」を「断つ」ことを淡々と繰り返していたんですね。
今週のいて座もまた、そうした欠点や弱みをあえてさらすことによって開かれる劇的な可能性を模索していくことがテーマとなっていくでしょう。
いて座の今週のキーワード
異端と異端





