
いて座
情熱の再起動

料理という最前線
今週のいて座のテーマは、人間が持ちうる中で最も揺るぎない情熱をわがものとするための試み。あるいは、詩人が書きもの机に向かうように、食卓に向きあっていこうとするような星回り。
20世紀後半にロシアからアメリカへ亡命し、ニューヨークでジャーナリストとして活躍した2人のロシア人批評家ワイリとゲニスは、エッセイ集『亡命ロシア料理』(1996)において、自分たちが西側にきて知った一番珍しい食べ物は「シーフード」であったと書きました。そして、タコやイカやエビといったシーフードの代表たちは、亡命者である自分たちに似ているのだという興味深い見識について、次のように述べています。
まあ、自分でも考えてみてほしい。人間とは、何かしっかりしたものにくっつこうとするところは、ムール貝みたいだし、まわりの環境に合わせて色を変えるところは、小海老みたいだ。(…)ぶ厚い胸とちっちゃな頭は蟹のようで、伸びた太鼓腹はロブスターのよう。結局、人間はイカみたいな頭足類に似ているとも言えるし、帆立貝みたいだとも言える。生まれたての頃はしっかり何かにしがみついていても、成長したらひとりで自由に海底に横たわっているのだから。(沼野充義・北川和美・守屋愛訳)
こうして海の生き物たちと自分たちの類似性をひと通り書き出し、満足いくまで実感したら、「人間とはその食べるところのものである」という自分たちの出発点を再確認するかのように、エッセイの内容はいよいよシーフード料理のレシピの詳細に移っていくのです。
本当の食欲が生まれるのは、料理に対して作り手として興味を持つことからだ。(…)そうして初めて、詩人が書きもの机に向かうように、食卓に向かうことができるだろう。そしてそのときやっと、食事への愛という、人間の情熱の中でも最も揺るぎない情熱の意義と特性を完全に把握できるだろう。
5月4日にいて座から数えて「探求」を意味する9番目のしし座で上弦の月(行動の危機)を迎えていく今週のあなたもまた、カオスを相手取ってたたかう兵士の一人となったつもりで、世界の最前線に臨んでいくべし。
「夜の世界」の住人として
たとえば、破れ赤提灯の場末の居酒屋にしろ高級なナイトクラブにしろ、「夜の世界」に集う人たちというのは「昼の世界」に居場所を現に失っているか、かつて決定的な仕方で失ったことがある人たちがほとんどです。
客にしろ店側にしろ、そこには気遣いのようなものがある種の「匂い」として漂っていて、そういう匂いをかぐと人間どうしても格好のつけようがなくなるというか、たとえ格好をつけていたとしても、そのポーズの裏にある深い悲しみが滲み出てきてしまうものなのでしょう。
表舞台で順調に過ごしているときというのは、なかなか自分の欠落には気付けないものですが、理屈では説明のできない運命に絡めとられてしまったり、何かを仕出かしてしまったり、また、ほんのちょっとした出来事がきっかけとなって、欠落と向き合わざるを得なくなってしまったとき、人間はある意味で「夜の世界」の住人となって最前線にのぞんでいくのでしょう。
今週のいて座また、そうした「夜の世界」に居心地のよさを感じてしまう人間のひとりとしてこの世をさすらっていくべし。
いて座の今週のキーワード
夜の盛り場にただよう独特の匂い





