いて座
サングラス越しの高揚
ゆらぎと高まり
今週のいて座は、『高速は静止に似たりサングラス』(和田悟朗)という句のごとし。あるいは、生きる実感の一瞬の高まりを捉えていこうとするような星回り。
夏の強烈な日差しの中、えんえんと続く直線路をドライブしていたのでしょう。郊外の一本道なのか高速道路なのか。いずれにせよ、スピードがあがって一定方向に同じ速さで走っていると、体感的にはほとんど静止しているのと同じように感じられてくるもの。
しかしいくら「静止に似たり」と言えど、滅多に出さないようなスピードに達したことによる緊張感そのものが消える訳でもなく。下五にさりげなく据えられた「サングラス」も、かえってそうした作者の心のゆらぎを暗にほのめかしているように感じられます。
それとも、作者はそうして「サングラス」で脇を固められた「静止」がかすかにゆらぎ、「生死」の境い目を高速で駆け抜けるその一瞬にこそ生きる実感を得ていて、掲句はその貴重な成果なのかも知れません。ひるがえって、あなたはそんな昂揚感を最近いつ覚えたでしょうか。
6月4日のいて座の満月に向け月が膨らんでいく今週は、いて座のあなたにとってそんな「瞬間」を言葉で捉えていく絶好の機会となっていくでしょう。
どうしたって言葉はもつれる
日本を代表する精神科医であった中井久夫は、本業の臨床のかたわら、その語学力をいかした詩の翻訳で有名な文学賞をとるほどの人物でしたが、そのいずれの営みにおいても、漠然とした疑問や仮説によって発生してくるらしい「曖昧な雲」のようなものがあることが大切なのだという旨について、次のように書いていました。
カルテを見て顔が浮かばないのは、この雲ができていない証拠である。(中略)この辺は、私の経験では詩の翻訳と似ている。今手がけている詩には「こう訳したらどうだろう」「これはどういう意味だろう」「こういうイメージでいいのだろうか」などという雲がまとわりついている。出版されてしばらくたつと、雲が消えてしまう。そして、雲があるうちよりもずっと平凡な出来に見えてくる。これが実際の平均的読者に与える読みなのであろう。(『中井久夫コレクション「伝える」ことと「伝わる」こと』
どうもあまりにすっきりと見通しが立って、すべてが割り切れてしまうような状態は創造的な仕事にはあまり向いておらず、むしろ中井が言うような「雲」が視界のうちに広がっていることが必要なのかも知れません。その意味で、掲句を詠んだときの作者や、そのサングラスで捉えた視界の中にも、「雲」は広がっていたのでしょう。
今週のいて座もまた、どうにも割り切れない思いや光景をこそ、改めて大切にしていきたいところです。
いて座の今週のキーワード
雲が消えるまえに