いて座
時間旅行者
もう一つの尺度
今週のいて座は、シュティフターの小説『晩夏』の主人公ハインリヒのごとし。あるいは、「平凡な徒歩旅行者」として今自分の目に映る風景をよく眺めていくこと。
シュティフターは南ボヘミア(現オーストリア)生まれの作家で風景画家でもあった人。彼が1857年に出版した当時のヨーロッパは、博物学や自然史の研究が盛んで、「人間のための自然」ということが主張され始めた時代でしたが、この物語の語り手・青年ハンリヒは、社会に出る年齢になったとき、「専門を持たない自然科学者」の道を選択して、独学で動植物や鉱物の観察・収集や、地表形成の研究を進めていきます。
ハインリヒは自身のことを「平凡な徒歩旅行者」に過ぎないと前置きしつつも、その研究の醍醐味について、次のように述べています。
もし歴史に、考察と探究の価値があるとすれば、それは地球の歴史であろう。それは最も予感にみち、魅力に富む歴史であって、人間の歴史などはその中の挿入物―もしかすると、他のより高き歴史によって取って替わられるかもしれない、全く小さなものにすぎないのであろう。(中略)この歴史を誰が明確に見通せるのか。果たしてそのような時は来るのか。それとも、永遠の昔から知っている者のみが、それを完全に知っているのか。
多くの人は個人的な体験を時間尺度として生きていますが、ハインリヒのような自然を読む訓練を続けていけば、日常生活の感覚を超えたもう一つのまったく異なる時間と空間の尺度を手に入れることができるのかも知れません。
17日にいて座から数えて「中長期的視点」を意味する11番目のてんびん座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、やはり自分個人とはまったく異なる尺度の知識や体験の持ち主にできるだけ直接触れていけるかどうかが鍵となっていくでしょう。
あえて時代に逆行してみる
もちろん、ハインリヒのような自然を読むための研究や試みというのは、すぐに何かの役に立つようなものではありません。しかし、日常の「感覚」や「言葉」とは異なる尺度で物事を見ていく視点を持つということは、少なからず自分がその中で生きている時代を客観視することを可能にさせます。
そもそもこの小説が書かれたのは、産業革命後の自然科学やテクノロジーの分野で驚異的な進歩をしていった時代でもあり、シュティフターはあえてそうした時代に逆行するような思想を主人公に持たせていったのです。
そしてこの場合の「自然」とは、なにも外的な自然だけに限らず、内的な自然すなわち人間の心についても同様のことが言えるのではないでしょうか。
シュティフターの言葉を借りれば、今のいて座もまた「人間を導きうるような穏やかな法則」を見出していきたいところです。
今週のキーワード
平凡な徒歩旅行者