いて座
予感と変容
到来しつつあるもの
今週のいて座は、「夏の河赤き鉄鎖のはし浸る」(山口誓子)という句のごとし。あるいは、どこか不気味さを感じるものへと接近していくような星回り。
掲句はその後に太平洋戦争へと続いていく日中戦争へと日本が突入していく昭和12年(1937)に詠まれたもので、当時は世情が緊張と不安を日に日に高めていました。
この句は淀川の支流の安治川(あじがわ)を巡航船で通ったときに目を留めた光景から詠まれたものでしたが、「赤き鉄鎖」の赤が左翼思想に、鎖が団結を促す表現と受け取られ、特別高等警察から直接取り調べこそされなかったものの、注意を促されたのだそう。
確かに、夏の情緒を詠むにはあまりに異様な光景と言えます。工場群がつづく索漠とした河岸において、赤いペンキが塗られているか、赤く錆びている鎖が置かれているというだけ。しかも、その先端が水に浸かっているというのですから、なんとも不気味です。
おそらく、作者は反体制思想を具体的に打ち出そうとしたというより、日本社会全体が向かいつつあった戦争という狂気を敏感に感じとり、それを「赤い鉄鎖」自身にそのまま語らせようとしたのでしょう。
6月21日にいて座から数えて「隠されたものの追求」を意味する8番目のかに座の初めで、日食と新月を迎えていく今のあなたもまた、周囲の人が見ないようにしている真実に自分なりに目を向け、明らかにしていくことがテーマとなっているのだと言えます。
断層に出逢う
人間も大地と同じで、幾層にも重なった地層によってできており、長いこと歩き続けていると突如としてはるか未知の地層の断面ががばりと露呈してくることがあります。
当然そこで、それまでとは何かが変わる。例えば、信州から10代半ばでほとんど家を追い出されるようにして江戸へ流れ着いた小林一茶は、40を超えてはじめて自分の中に眠っていたものが表面に出てきて、「秋の風乞食は我を見くらぶる」など読む者をギョッとさせるような貧乏句を作るようになりました。
こうした変化について藤沢周平の『一茶』では、一茶の世話役をしていた夏目成美(なつめせいび)をして次のように語らせました。
「これを要するに、あなたはご自分の肉声を出してきたということでしょうな。中にかすかに信濃の百姓の地声がまじっている。そこのところが、じつに面白い。うまく行けばほかに真似てのない、あなた独自の句境がひらける楽しみがある。しかし下手をすれば、俗に堕ちてそれだけで終るという恐れもある。わたくしはそのように見ました」
そういうことは、誰にでもあり得るのです。今週は、一茶とのやり取りの中で発せられた成美の言葉をよくよく胸に刻んでおくといいでしょう。
今週のキーワード
句境がひらける