うお座
触覚優位の関わりへ
こちらは9月27日週の占いです。10月4日週の占いは諸事情により公開を遅らせていただきます。申し訳ございません。
程よく、満ち満ちと
今週のうお座は、「木犀の香の沁みてゆく隣りの木」(野沢玲子)という句のごとし。あるいは、木々の程よい関係性にならっていくような星回り。
秋も深まってくると、金木犀を詠んだ句がはなはだ増えてきます。しかもその大抵は、闇のなかで不意に匂ってくるさまを詠んだもので、それはそれで正直な実感に違いないとは言え、いささか食傷気味になってくるもの。
その点、掲句は闇夜でも月夜でもいいし、なんなら朝でも夕でも真昼でも一向にさしつかえないひろやかな把握と、それでいて抽象的になりすぎない描写の確かさがあります。
金木犀の香りは人間だけがそれに浴している訳ではなく、何よりもまず金木犀に隣接して生えている他の木々に沁みているのだ、という作者の視座には思わずハっとさせられる鮮やかさがありますし、言外のところで秋日の静けさが込められているようにも感じます。
それは素っ気ないというのではなく、いちいち口にする必要のないことは口にしない、という程よい関係性だったり、振る舞いの品の良さに由来するのかも知れません。
9月29日にうお座から数えて「生命力の再誕」を意味する5番目のかに座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、自分のなかに静けさや何か他のものが満ちてくるのを感じつつ過ごしてみるといいでしょう。
大岡信の「さわる」
「さわる。
木目の汁にさわる。
女のはるかな曲線にさわる。
ビルディングの砂に住む乾きにさわる。
色情的な音楽ののどもとにさわる。
さわる。
さわることは見ることか おとこよ。」
否。視聴覚メディアの異常発達した現代において「さわる」ことは通常、「見る」や「聞く」と比べてあまり重要視されておらず、あくまで‟ついで”に行われる動作とされることがほとんどです(それゆえに、触覚は‟隠れて”使用されがち)。
ところが、この詩ではあえて通常の意味での触覚の対象ではないような、さまざまな対象に「さわる」という言葉を使っていくことで、既存の感覚的常識を異化し、「さわる」という感覚を第一義に近い位置へと転倒させていこうとしている訳です。
なお、詩の最後に「おとこよ」とあるのは、細い指を持つ人は触覚においてより敏感であるという研究発表もあるように、一般的に女性は男性よりも指が細く、触覚に優れているという前提を踏まえれば、この詩の意図する転倒が男性優位に作られた社会や文脈まで睨んだものであるということが分かってきます。
同様に、今週のうお座もまた、どれだけ窮屈な文脈や状況を自分なりに脱却していくことができるかが問われていくでしょう。
今週のキーワード
遠くの関わりより近い関わり