てんびん座
無数の泡が弾ける
泡沫幻想
今週のてんびん座は、「第九歌むかし音楽喫茶あり」(大石悦子)という句のごとし。あるいは、水底から立ち昇る泡沫に酔いしれていくような星回り。
「第九」ことベートーヴェンの第九交響曲が12月の季語となったきっかけは、その昔、上野の東京音楽学校(現・芸大)の先生や学生たちによる演奏から始まったとされています。しかし、第九が年末の代名詞として完全に定着するようになった背景には、1950年代から60年代に最盛期を迎えた「うたごえ運動」があり、それに乗ったアマチュア合唱団が「第九」を歌い始め、そのコンサートに合唱団員の家族や友人たちが駆けつけたことも大きかったようです。
掲句の「音楽喫茶」というのも、うたごえ運動の拠点として日本全国に広がった「歌声喫茶」のことであり、それは日本の工業化や農村離れが進むなか、失われつつある民謡や演舞などを再発掘するという民族主義的な側面も持ち合わせていました。
そして、そこには多かれ少なかれ、抑圧に対する抵抗や反戦ということが本質としてあり、掲句においても作者自身の若かりし頃の貧しさやひたむきの純情などの残り香が、第九を通して立ち昇ってきたのでしょう。
音楽であれ文学であれ、忘れられない表現には、必ずその人の享受した時と環境と心情とが、まるでレコードの溝のように刻みつけられているものです。同様に、19日にてんびん座から数えて「ここではないどこか」を意味する9番目の星座であるふたご座で満月を迎えていくところから始まった今週のあなたもまた、そうした経験の再浮上と不意に直面していくことになるかも知れません。
感情の爆発力
掲句の「むかし」という言葉の使い方から考えさせられるのは、物理的にであれ精神的なものであれ、遠くへ行くことができるのは、それ自体ひとつの才能なのだということ。
例えば、言語連想テストなどで「山」と言うと、大体の人が「川」や「紅葉」など、物理的に山にありそうなものや起きそうなことを口にしますが、ここで「煙突」と答えるような人は相当に独創的な人か、あるいは相当におかしな人かのどちらかでしょう。
「山」と聞いて、「登る」ことを連想し、さらにそれが「高さ」と結びついて「煙突」へと行き着いたのだとすれば、それは本人が「高さ」というイメージに何か感情的に結びついていたのかも知れません。機械反射的に「川」や「紅葉」と言ってしまえばいいところを、いわば感情に流されたのです。
言い換えれば、そうやって感情に流され、イメージが飛躍していくのも1つの爆発力の発揮であり、そうである以上はそれを利用していけばいいということ。
今週のてんびん座は、これまでどこかで我慢してきた感情や、表に表すことができずにきた気持ちを思い切って解き放っていくのにもちょうどいいタイミングと言えるかも知れません。
てんびん座の今週のキーワード
飛躍を許可する