てんびん座
深淵と使命
地を這う虫
今週のてんびん座は、「己が影を慕うて這へる地虫かな」(村上鬼城)という句のごとし。あるいは、たとえ不格好でも「重さ」の感覚を大切にしていくような星回り。
俳句の世界は、日々広くなり、ますます自由になってきていますが、その一方で俳句の重さというものが次第に見失われてしまっているように思うことがあります。
幕末に生まれ、昭和まで生きて俳句を詠み続けた作者は、19歳で耳がほとんど聞こえない聾(ろう)となり、その障害のため希望の職にもつけず、司法代書人の仕事をしながら10人の子供を育てた人で、その生活は貧困と苦しみの連続であったと言います。
その姿はまさに‟地を這う虫”であり、掲句はどこか追い詰められたような、何かを背負っているような、そして悟っているような、そんな恐ろしいほどに実直で「重さ」の宿った句であると言えるでしょう。
2019年から2020年に移っていくてんびん座もまた、そうした「重さ」を宿していくべく、地を這う虫のごとく重心を低めていくとよいでしょう。
一個の井戸の前で
心の中に潜む、憎悪や残酷さ。そういうものについて、私たちが偽物と呼ぶことはほとんどないように、実に深い根をもって私たちの中に巣食っています。
もしあなたがいま何かしらの苦しみや負担を抱えていて、自らを救済したいと思っているのなら、改めて無知への回帰を果たすことによって、自己の限界を立ち戻らなければなりません。
「横になり、目を閉じる。すると突然、ひとつの深淵が口を開く。それはさながら一個の井戸である」(エミール・シオラン、『悪しき造物主』)
そうした井戸の前に立てば、いちいち「知ったような口を聞くな」と自分を厳しくたしなめる必要はないはずです。
今はすこし自分をカームダウンさせて、その内側でうごめく古い感情について見つめ直していくといいでしょう。「重さ」の感覚というのは、そうした時間の中でしか培われることはないのですから。
シオランは冒頭の一節の後にこう続けています。
「その井戸は水を求めても目も眩むような速さで大地に穴をうがっていく。……そのなかに引きずり込まれて、私は深淵に生をうけた者のひとりとなり、こうして、はからずもおのが仕事を、いや使命さえ見出すのだ」
今週のキーワード
静謐なまなざし