てんびん座
老若転倒
「老い」とは何か
今週のてんびん座は、みずからの「老い」をひっくり返していくような星回り。すなわち、みずからの隠れた秘密や苦労を、人と分かち合おうとしていくこと。
誰でも年を取ると頑固になる。しかもそれが、30代や20代後半でも早くも現れてきてしまうことには、多くの人がうすうす気付いていることと思います。
ただ、それがどうしてそうなるかということになると、生物的な老化現象のためだという以上のことは皆ほとんど考えないのではないでしょうか。
例えば、19世紀末から20世紀初頭に活躍した社会学者であり哲学者であったジンメルは、
「年をとった人が拠り所にしている独断的な考えは、その年になるともうおそらく不可欠な支えになっている場合が多い」(『断章』,1923)
と述べていますが、その理由について次のように述べています。
「それは、年をとるにつれて人生がますます疑わしいもの、もつれたもの、捉えどころのないものになるからだ。」
だとするなら、現代人が人生の早期に「老年」特有の独断に陥るのもむべなるかな、と言わざるを得ないでしょう。
このジンメルの指摘は鋭く、確かに彼の言う通り、なにか恐ろしい秘密や罪深い欲望にのたうち回っている人ほど、容易に独断的となり人を裁いたり攻撃してしまうものなのかもしれません。
30日(金)にてんびん座から数えて「隠れた欲望」を意味する12番目のおとめ座で新月を迎えていく今週は、自分のなかの“もつれ”や“疑い”の原因となっている何らかの秘密を改めて明らかにしたり、誰かに打ち明けたりしていくにはもってこいのタイミングと言えます。
老いと若きの交錯
あるいは、現代の私たちは、ともすると発達心理学などによって、人間の心ないし人間存在そのものが、直線的なモデルの中に閉じ込められ過ぎているようにも感じます。
しかし、例えば柳田國男は『先祖の話』という本の中で次のようにも述べています。
「祖父が孫に生まれて来るといふことが、あるいは通則であつた時代もあつたのではないか。といふわけは家の主人の通称に、一代置きの継承といふ例は少なくないからで、現に沖縄などは長男には祖母の名を付けるのが通例となつて居た」
柳田が伝えるこうした古い伝承の中でかすかに見え隠れしている人間の存在論は、子どもの中に老人を見出し、また同時に、老人の中に現われる子どもの魂を見て取っていくような、円環的ないし循環的なモデルにおいて人間を解放していくように思われます。
もちろん、そういう世界観を否定するも肯定するもあなたの自由です。
ただ、今週あなたの中には、理論や知識ではなく何らかの経験を通して、少なからずそうしたモデルの輪郭がつかまえられ、そこに命が吹き込まれていくはずです。
今週のキーワード
直線ではなく循環を