しし座
作者の思惑を超えて動き出す
脳内会議の議事録をストーリーに
今週のしし座は、長い間語り継がれてきたストーリーに自分の命(意の乳)を注ぎ込んでいく作家のごとし。人間の頭の中には、めいめい勝手な意見を唱えては「脳内会議」を始めだす、複数の「声」や人格が存在していますが、改めてその議事録を見返すと、その大部分が意味不明で論理破綻していることに気が付きます。
それぞれの「声」の持ち主のキャラクターが不明確だったり、発言のバランスも悪かったり、細かな前提部分での矛盾が多すぎて、ストーリーとして見たときに壊れてしまっているんですね。そのため、いったん出来上がってしまった議事録の「不自然な箇所を、直す」のは思った以上に大変な作業であり、どこから手を付けていいのか分からないまま結果的に放置されてしまうことがほとんど。
ですが、今週のあなたはそれをやるのです。
北方水滸伝万歳!
北方謙三は中国の古典『水滸伝』を見事に蘇らせましたが、それはそのままでは「ヘンな物語」であるオリジナル版を大胆にも解体し、一から再構成することで初めて成し遂げられました。
<あらすじ>
時代は北宋末期。汚職や不正がはびこる世の中で、様々な事情で世間からはじき出された好漢たちが、大小の戦いを経ながら、梁山泊と呼ばれる自然の要塞にひとりまたひとりと集結し、やがて悪徳官吏を打倒し、国の救済を目指すようになる。
北方版では、闇の塩ルートを梁山泊が牛耳っているという原典にない設定を加えることで経済的な面からも物語を自然なものにしていますし、また「水滸伝でキューバ革命を描く」ことを意図することで政治的な緊張を物語に与えていくことにも成功しています(梁山泊がキューバ島、梁山湖がカリブ海、宋という大国がアメリカ)。
しかし北方版の最大の魅力は、何と言ってもキャラクター造形の妙でしょう。例えばオリジナル版では梁山泊のリーダー・宋江(そうこう)がなぜ豪傑たちのリーダーなのかがさっぱり分かりません。地方都市の小役人上がりで、武に秀でる訳でもなく、見栄えもしない。完全に神輿の上にいるだけの、つまらない聖人君子キャラなのですが、北方版では「人の痛みや悲しみに寄り添わんとする深い決意」を持ち、同時にどこか「鈍感」で「女好き」な人間臭い人物として登場してきます。
自分の中の内なる人格が、作者の思惑を超えて動き出す、そんな瞬間を目指しましょう。
今週のキーワード
脳内会議の議事録は矛盾だらけ、大胆な解体と再構成でいのちを吹き込む、北方謙三『水滸伝』、内なるキャラが作者(自我)の思惑を超える瞬間、無意識の自律性