しし座
井戸のほとりで何を思う
背景の豊かさを思う
今週のしし座は、『井の底に天文學は受け継がれ』(橋本輝久)という句のごとし。あるいは、自分が肩の上にのっている巨人のあらましを眺望していくような星回り。
夏至近くになると、空高く南中している太陽の光が井戸の底にまで届くようになりますが、「天文學」とのかけ合わせからも、これは明らかにエラトステネスの故事を下じきにしていることがわかります。
古代ギリシャの数学者・天文学者であったエラトステネスは、ある時シエネの地では夏至の日に太陽光が井戸の底まで届くことを知り、それがきっかけで地球の円周の長さを計算できることに気が付いたとされてます。
すなわち、自分が暮らしているアレクサンドリアで夏至の太陽南中時にまっすぐに立てた棒とその影のつくる角度が、両者の緯度の差に基づくとみなし、シエネとアレクサンドリア間の距離を地球一周分の長さの1/50に相当することを確かめたのです。こうしてエラトステネスは初めて地球の大きさを測定した人物として歴史に名を残すことができた訳です。
とはいえ、今やエラトステネスの名前そのものを知る人はほとんどいないでしょう。それでも、彼の業績はその後の航海技術や地理学に多大な影響を与え、現在のGPSや人工衛星などに使われる技術の大元もエラトステネスの革命的発見にあるのです。
夏の井戸を前にして、作者はふとそんな故事を思い起こし、気が遠くなるほどの努力と手間をかけて引き継がれてきた知識の連鎖を、無言のうちに想起したのでしょう。
6月29日にしし座から数えて「知の系譜」を意味する9番目のおひつじ座で下弦の月(意識の危機)を迎えていく今週のあなたもまた、普段何気なく使っている知識や情報が、長大なる努力の連鎖の上に依って立っているものなのだということに、改めて思い至っていくはず。
『魔の山』のハンス
ひとりの単純な青年が、夏の盛りに故郷ハンブルグを発ち、グラウビュンデン州ダウオス・プラッツへ向かった。三週間の予定で人々を訪ねようというのである(トーマス・マン、『魔の山』冒頭)
山の上にあるサナトリウム(当時は不治の病であった結核患者のための療養所)に入っていた従兄弟の見舞いに行った主人公の青年ハンスは、結果的に長期滞在を余儀なくされてしまいます。
3週間が1年になり、1年が2年になり、さらに数年が飛ぶように過ぎていき、その間にごく平凡な青年だった主人公は、世界中の国々から集まった、さまざまな考えを持つ患者たちと触れ合ううちに、物事について深く考えるようになっていっていく、とそんなお話なのですが、この主人公はどこか今のしし座のあなたに重なるところがあります。
今週のしし座は、あるいは自分への深いメッセージを携えた本を一冊選んで、じっくり時間をかけて読んでみるのもいいかも知れませんね。
しし座の今週のキーワード
直線的な時間の流れから離れる