しし座
闇のなかを這いまわる
生気が満ちるとき
今週のしし座は、『五月の夜未来ある身の髪匂う』(鈴木六林男)という句のごとし。あるいは、背景からもたらされる力をしかとその身に宿していこうとするような星回り。
昭和29年、作者35歳のときの作品。帰宅の途中なのか、眠れずに庭にでも出た折りなのか、ともかく5月の夜ですから、あたりには草木の生気が満ちていたはず。そして、そこに心地よい風が吹いた途端、ふと自分の髪の匂いも感じたのでしょう。
その時、もう若くはない年齢に差し掛かっていると思っていた自分に、5月の青葉若葉にも劣らない意外な生命力と若さ、何よりこれからの未来があるのだと確信した。
それはほんの一瞬のことではありましたが、青年から中年への過渡期にあり、おそらくは鬱屈した思いにとらわれていたであろう1人の人間の心を救うには十分だったはず。その意味で、掲句の髪の匂いとは、明日への希望につながる匂いに他ならず、それは戦後の復興期という時代背景ともどこかで通じてもいたのかも知れません。
5月6日にしし座から数えて「心の基盤」を意味する4番目のさそり座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、自分に生命力を与えてくれている当のものとの繋がりを改めて実感していくことになりそうです。
ロシア的な大地主義
掲句もその1つに数えられるだろう、いわゆる「神秘的体験」というのは、なにも現実の上方へと向かうばかりでなく、現実の下方に向かうベクトルにおいても成立しうるのだということは、これまで主に数多の芸術家たちが身をもって示してきましたが、その内実について、思想家の井筒俊彦は『ロシア的人間』の中で次のように述べています。
カオスは征服はされても死滅したのではなかった。ただ人間的世界の地表から姿を隠してしまいたかっただけである。「一切の矛盾と一切の醜悪の、ぱっくり口開けた不気味な深淵、裏返しの無限性」であるカオスは、今でも依然として地下深いところに生き続け、のたうっているのだ。そうしてこの怪物の気味悪い呻き声は、地の底から浮び上がって来ては人間世界の到るところに暗い否定の影を投げかける。
こうした「深淵」に向かって、人間は身を投げ出したい衝動を確かに持っているのであり、それは大地との一体化とも、「下方への脱魂」とも呼ばれてきました。例えば、ロシアを代表する文豪ドストエフスキーの長編小説『カラマーゾフの兄弟』において、ゾシマ長老という大恩人の死後に主人公アリョーシャが自分でもその理由が分からぬまま大地を抱きしめ、大地と接吻していたシーンにも象徴的に表現されています。
同様に、今週のしし座もまた、5月の夜の闇深いところに身を投げ出し、いっそ自身もまた魑魅魍魎(ちみもうりょう)の1つとなったつもりで地上を這いずり回っていくべし。
しし座の今週のキーワード
草木と髪の匂い