しし座
春のメメント・モリ
動中の静
今週のしし座は、「目高浮く最中へ落つる椿哉」(溝口素丸)という句のごとし。あるいは、忘れていた力のみなぎりをかすかに取り戻していくような星回り。
春になれば水が温(ぬる)み、水が温かくなれば目高(メダカ)が浮かぶ。そこへ落ちてきたのが椿(つばき)の花だった。
のんびりと泳いでいたメダカたちもきっと一斉に四散してしまったに違いありません。そしてその後には、嘘のような静寂だけが残されていたはず。
すべてがゆるやかに弛緩していく春のさなかに訪れた、一瞬の動と静。それはまた、まだどこか寝ぼけまなこだったいのちあるものたちを目覚めさせるには十分な出来事だったのではないでしょうか。
作者は俳諧の血脈を芭蕉から一茶へとつないだ、旗本出身の俳人であり、掲句にもどこか、戦国時代をへてようやく訪れた平和を享受していた江戸の世において、戦乱の火種やその兆しに対する鋭敏さを忘れてはいない者たち特有の嗅覚のようなものが感じられます。
しかし江戸であれ現代であれ、いつの世にあっても、いのちの感覚を深めてくれるのは死の予感に他ならないのです。
13日にしし座から数えて「個の弱まり」を意味する8番目のうお座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、危機意識とともに個としての強さとは異なる別の力が、次第に充ちてくるのを感じていくことでしょう。
エントロピーの増大に抗して
エントロピーとは「混沌」という意味で、宇宙の大原則として、あらゆる物事はエントロピーが増大する方向にしか動いていきません。秩序あるものは時間の経過とともにカオティックに混乱していき、一点に集まったエネルギーもやがては分散していく。つまり、いくら整理整頓した机も散らかるし、熱烈な恋もいつかは冷めてしまうのだと。
そして、そんなエントロピーの増大に絶え間なく抵抗しているのが、すべての細胞を入れ替え続けることで死を免れて「生きて」いる人体であり、生命の働きなんです。
興味深いことに、生命は細胞が自然に壊れる前に先回りしてみずからを壊し、その不安定さを利用して新しい細胞を作り出す活動をしているそうなのですが、それでも新たに作られる細胞より徐々に壊れていく細胞が増えていくことで、人は老い、死を迎えていきます。
今週のしし座は、こうした生命が細胞レベルで行っている宇宙法則への抵抗を、人生における活動レベルで行っていこうとしているのだと言えるかもしれません。
つまり、個人としての弱さや未熟さ、老い、死などを受け入れつつも、強さや若さ、しぶとさやみずみずしさを湛えた自分へと生まれ変わるための決定的なアクションを取れるかどうかが問われていきやすいタイミングであるということ。
今週のキーワード
先回りしてみずからを壊す