しし座
生きたいと願え
死蝶の暗示
今週のしし座は、「蝶死にて流るる水を今も踰(こ)ゆ」(石田波郷)という句のごとし。あるいは、人間に転生することを願う1匹の蝶のごとく、必死になっていくような星回り。
「流るる水」が、うたかたのこの世を巨視的視点のもとに俯瞰したものとするなら、「蝶」とはまさにかつての作者自身の姿でしょう。
そんな作者が「今も」と呟くとき、その瞼の裏に映し出されているのは禍々しい戦禍の記憶であり、抗いがたい暴力の渦に巻き込まれるように青春の半ば突如死へ追いやられていった自身の顔や、同胞の顔。
そして、後に残るのは「われは生きて」という転生の感慨にほかならないのではないか。つい、そんな考えへと引っ張り込まれていくような力のある一句です。
自分が何気なく過ごす1日は、かつて誰かが必死に生きたいと願って叶わなかった1日であったかもしれない。そう思う時、私たちは不意に、死蝶の流れを<今>まさに越えようとしているのかもしれません。
今週は、生きたいという願いを新たにしていくにはもってこいのタイミング。
ただし、あなたはその残酷な覚悟を固めていく先で、果たして自分がどんな未来を開いていきたいのか。しかとその目で見届けていかなければなりません。
蝉の句ふたつ
余生といえば、三好潤子に 「生き時間日に日に減るよ法師蝉」 という句がありました。あるいは、次のような句も。
「死蝉の仰向き吾の身代わりよ」
これらの句は、多病ゆえに人一倍生き味を噛みしめることに長けた彼女のナルシシズムであり、また「生きねばならぬ」という自己攪拌であったように思われます。
蝶にしろ蝉にしろ、小さき者というのは言葉や語彙は少ないながらも時に能弁で、よく人に訴えかける力を発揮します。
ナルシシズムでもいい。今週は少しでも、自分は生きている、生きねばならぬ、という声の強烈さを感じられますように。
今週のキーワード
いま越える