
ふたご座
境い目をくずすもの

見たこともない未知の海へ
今週のふたご座は、「春惜しむモーリタニアの蛸の足」(矢島渚男)という句のごとし。あるいは、すっかり色褪せくたびれてしまった現実の外へと漕ぎ出していくような星回り。
刺身に出てくるようなミズダコの旬は毎年5月から7月にかけて。この句も蛸(たこ)のお造りで一杯やっているところなのでしょう。
それで、お店の人にこのタコはどこで獲れたものなのか聞いてみると、モーリタニアだという。その瞬間、作者の心のうちでは、そんなに遠くからはるばるやってきたのかという驚きと、具体的にどこにそれがあるのかがいまいち想像できないモヤモヤとがせめぎあって、何とも言えない覚束なさでいっぱいになってしまったのかも知れません。
かろうじてアフリカのどこかという見当はつく人でも、アフリカの北西部、サハラ砂漠の西の端に位置し、大西洋とも接する国で、じつは1970年代に日本人が現地でタコ漁の方法を伝えたことから、タコ漁はモーリタニアの主要産業に成長し、日本への輸出もそこから始まったのだという歴史まできちんと知っている人はほとんどいないでしょう。
単に旬の食材であったはずの「モーリタニアの蛸の足」は、何かを恋しく思う惜春の情もあいまって、かすみの向こう側に広がる世界の彼方と<今ここ>とを結ぶかすかな手がかりとなり、それは口に出してみると思いのほかリズミカルな語のしらべによって、読者を見たこともない未知の海へと連れ出してくれるはず。
4月28日にふたご座から数えて「いとまごい」を意味する12番目のおうし座で新月(種まき)を迎える今週のあなたもまた、そうしたかすかな手がかりをアリアドネの糸のごとく手繰りよせていくべし。
チビの来訪
ある日ひそかに稲妻小路と呼ばれる界隈に突然あらわれ、はじめ隣家の飼い猫となった後、庭を通ってわが家を訪れるようになった仔猫チビについて、作者の平出隆は次のように描き出しています。
小さな仄白い影が見えた。そこで窓を開け、冬の暁に連れられてきた来客を迎え入れると、家うちの気配はひといきに蘇った。元日にはそれが初礼者(はつらいじゃ)となった。年賀によその家々を廻り歩く者を礼者という。めずらしくもこの礼者は、窓から入ってきてしかもひとことの祝詞も述べなかったが、きちんと両手をそろえる挨拶は知っているようだった。
チビは静かに境をくずし、作者はその在りし日の思い出を繊細なエクリチュールで紡いでみせた訳ですが、そうして小路に流れた光に、どこか心が洗われたような気分になった読者も少なくないはずです。
同様に、今週のふたご座のあなたもまた、心に堆積した塵芥をそっと洗い流していくだけの機会をきちんと作っていくべし。
ふたご座の今週のキーワード
小路に流れた光





