
ふたご座
私はタコになりたい

文学的変装術
今週のふたご座は、種村季弘による「変装術の極意」のごとし。あるいは、世間的には無意味に感じられるようなことにこそストイックに傾倒していこうとするような星回り。
種村季弘の書きものに『文学的変装術』と銘打ったエッセイがあり、そこでは例えば、岡本かの子の未発表の短編小説集が発見されたと称して、まったくの贋物をでっちあげるといった例が挙げられています。
もちろん、贋物とはいえ文体や表現上の癖などは本物と見まがうほどそっくりに再現し、作品の質も彼女の傑作に匹敵するものを作りあげるのです。そうして、書評家や研究者、本好きの連中を翻弄したり、一泡吹かせてみせる訳ですが、それで一儲けしてやろうとか自分が有名になってやろうなどといった卑しいことは考えず、あくまで無償の知的喜びにひたる一種の愉快犯として、文学的変装術を説明しているのです。
変装家の才能の主たるものは、本来の自分ではないもの、すなわち他者に変身する同化能力であるが、そのためには同時に、本来の自分を消去する断食苦行僧にも似た意志的禁欲が必要とされる。(…)ここから生ずる結果として、本来の自分が意図していた権力意志なり、金銭なり、一定の現実的目的の獲得という欲望までが禁圧され、かくて現実的基盤を喪失した変装それ自体が目的となった変装という遊戯的倒錯に導かれる。変装は何物かのための手段ではなくなって、それ自体が目的となる。変装術の極意ともいうべきものは、手段であったものが目的となるこの最後の転倒にあるに違いない。(『アナクロニズム』)
2月5日にふたご座から数えて「酔狂」を意味する12番目のおうし座で上弦の月(行動の危機)を迎えていく今週のあなたもまた、何か具体的なものを得るための手段だったものを、それ自体が目的となるような「遊戯的倒錯」に向けてひた走っていくようなところが出てくるでしょう。
トリックスターの系譜
ここで思い出されるのが、古代ギリシャの哲学者たちのあいだでは徹底的に低く見られた一方で、商人とソフィスト(職業的知識人)には高く評価された「メティス(狡知)」です。
基本的には軍略や戦略に関係し、相手を騙して自分の役に立つように利用したり、出し抜いたりする、いわゆる“ずる賢さ”のことなのですが、宗教学者のマルセル・ドゥティエンヌはそうしたメティスの起源について興味深い指摘をしていました。
ギリシャ神話ではゼウスの知恵の源ともされるメティスの起源はタコなのだと言ったんです。それから、アンコウとか、イカとか。つまり、突然口から墨を吐いて逃げたり、知らんぷりして近づいていって高電圧で相手を倒すとか、とにかく卑怯なマネをしてでも、戦術にのっとって危機を免れてしまうのがメティスで、最後は「こいつはどうしようもない悪者だ」という印象を残して去っていく。端的に言えば悪党なんです。
現代の知識人というのは、ほとんど人気商売ですからあまりこういうメティスは受け入れられなくなりましたが、案外、逃げ場がなくなった世界を生き延びるのに最も必要な資質はこうした「メティス(狡知)」なのではないでしょうか。
その意味で、今週のふたご座もまた、いっそ悪者や悪党になっていく覚悟を固めてみるといいでしょう。
ふたご座の今週のキーワード
墨を吐いてドロン(逃げるために大胆なことをすること)





