ふたご座
ゆらゆらさらさら
オントロジックな飛翔
今週のふたご座は、ランボーの後期韻文詩の一篇『永遠』の一節のごとし。あるいは、自分をずらして、異なる在りように再構成していこうとするような星回り。
また見つかった。/なにが?――永遠。太陽とともに/行ってしまった海。
見張りに立つ魂よ、そうっと告白を呟こう。/そんなにもうつろな夜と/火と燃える真昼の。
人間たちの賛同からも、/ありふれた高揚からも/いまこそお前は抜け出して/……のままに翔んでいく。
なぜなら繻子(しゅす)の熾火(おきび)よ、おまえたちの/内から燃える熱からのみ/<義務>は放射しているのだ、/ついに、というのではなく。
ここで問題とされているのは、「……をめざして」という目的ベースの飛翔ではなく、「……のままに翔んでいく」という飛翔の在り方であって、それは「火」と「水」という正反対な元素(エレメント)が混淆する瞬間においてのみ経験されるある種の<賭け>への没入に他なりません。
しかし「瞬間」とは言っても、どうしても私がいま現に生きている<現在>にはなりきることはできませんから、それは究極に逃げ去りやすい不可能な一瞬であり、ランボーはそれを「また見つかった永遠」と見なしたのでしょう。
この一節に含まれるような<詩的なもの>とは、いつだって自己への満ち足りた同一性をかわしつつ成立する不測の出来事であって、たえず自らを異なるものへと差異化し、生成していく運動としてのみあり得るのだとも言えるかも知れません。
その意味で、8月12日にふたご座から数えて「自己喪失」を意味する9番目のみずがめ座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、そんな<賭け>へと何も考えずに飛び込んでみるべし。
ゆらぎとしてのここに在るということ
いつからか私たちは「身を固める」ことで大人となり、まるで鉛の塊りのような強固な自己同一性を獲得してこそ、どんな困難にもつぶれることなく、与えられた使命を全うしていくことができるのだと信じて疑わなくなりましたが、今週のふたご座はそうした「近代的」と言っていい信仰が大いに揺らいでいきやすいタイミングとも言えるかもしれません。
こうしたタイミングでは、ともすると<私>はギリシャ語でいう「プネウマ」のような空気や息吹、ゆらめき、流れのようなものとして感じられやすくなっていくでしょう。
そこであなたは一抹の心許なさを覚えると同時に、安定した立場や固定化された人間関係に居心地の悪さを感じたり、ここではないどこかへ吹き去っていく風のように、周囲の空気をかき回していきたくなるはず。
詩が繰り返し暗誦されるたびに、そのつど無意識的に本人を作り替えていくように、今週のふたご座もまた、まだこの世に存在したての新人になったつもりで過ごしていくといいでしょう。
ふたご座の今週のキーワード
暗記する=to learn by heart=魂を通して学ぶ