ふたご座
わたしは苔になりたい
・苔(こけ)はいいぞ
今週のふたご座は、「あぁ、人間の負けだなあ」というため息のごとし。あるいは、ひとつ重荷をおろして楽になっていこうとするような星回り。
倉敷で蟲文庫という古本屋を営む田中美穂さんのエッセイ集『わたしの小さな古本屋』に入っている「苔観察日常」というエッセイなかに、次のようなくだりが出てきます。
ところで苔というのは、このような乾燥した状態のまま、当分は「眠って」いるのだそうで、何かのきっかけで条件が揃えば、またなんでもない顔をして、再び胞子を飛ばし、発芽して、それがまた胞子体をつくり……というふうなライフサイクルを繰り返すこともできるというのです。(中略)そして、それがいまもこうしてわたしたちの身の回りで普通に生きているのを見ていると、永瀬清子の「苔について」という詩にあるのですが、「あぁ、人間の負けだなあ」という思いがします。
そうそう、こんな風にときどき思いっきり負けを認めてみることが、私たちには必要なのではないでしょうか。「あの人に負けてるなぁ」ではなくて。だって、「あの人」くらいだと、本当は負けを認めることができていないし、かえって苦しくなりますから。
8月30日に自分自身の星座であるふたご座で形成される下弦の月から始まる今週のあなたもまた、公園や川のほとりに座り込んでぼんやりしたり、遠くを眺めたり、ただぶらぶらするだけの時間を大切にしてみるといいでしょう。
陸游の「春雨三首」より
先のエッセイの中には、次のような一節もありました。
「苔の美は顕微鏡下にこそ」と言われるように、接眼レンズを覗きながら、ゆっくりとピントを合わせていくと、その像を結んだ瞬間は、眩暈のような、なんだか自分の体の大きさや重さがわからなくなるような、えも言われぬ心地よい感覚が広がります。これはたまりません。「いつの日か、あのトロトロした緑の細胞の海にわたしも混ぜてもらいたい……」などと夢見ています。
このくだりを読んで思い出したのが、南宋を代表する大詩人であった陸游(りくゆう)です。彼の遺した詩の一つに「人生十事九は歎ずるに堪えたり」というものがあるのですが、即ち、寝床に潜って雨の音を聞きながら「人生十に九つは嘆かわしいことばかり」であると。
この箇所だけ読むと暗い印象ですが、詩の最後は「永い貧乏暮らしで身体だけは丈夫になり、造化の神に任せて随分と久しくなった」と終っており、澄み切った境地に達している様が伺えます。
今週のふたご座もまた、どこかでそんな陸游にならってみるといいかも知れません。
ふたご座の今週のキーワード
田中美穂『わたしの小さな古本屋』(ちくま文庫)